討ち取られた陛下
渋る私を本能寺の本堂近くの小さな堂の中に連れて来た佐助。
なんでも、どうしても私に渡したいものがあると言う。それを佐助が取りに行っているため、小さなお堂の中で一人、息を殺して潜んでいる。
いつ明智の軍勢が攻め込んで来るのか分からない。そんな事の巻き添えにならないよう、一人祈りながら佐助が戻って来るのを待つ。
「お待たせしました」
相変わらず天井裏から姿を現わした佐助をムッとした表情で睨み付ける。
「さっき、私言ったよね?
天井裏禁止って!」
「そうでしたっけ?
潜むのを禁止とは言われましたけど、通ることは禁止されていなかったのでは?」
「分かったわよ。通るのも禁止!
これでいい?」
「私としては天井裏を禁止されますと、任務を遂行しにくくはなるのですが。
仕方ないですね」
「それより、取りに行くものって、それ?」
佐助が手にしているのは見た事も無い刀。漆塗りらしき漆黒の鞘には、宝石が散りばめられていて、一目見ただけでもただの剣ではないと分かる。
「はい。里見家 伝家の宝刀 犬王の剣です」
「そんな大事なものを取って来たの?
陛下の許可は貰ってるんだよね?」
「いいえ」
「はい?」
衝撃の告白が多い佐助に、眉間に皺を寄せずにいられない。そして、その発言が真実だと言うことはすぐに分かった。
「陛下の剣を探せぇ。
何者かが侵入し、陛下の剣を奪って行きおったぁ」
「探せ、探せ、探せ。
まだ近くにおるはずじゃ」
先ほどまで静かだった本堂の辺りが一気に騒がしくなった。
「ちょっとヤバくない?
これ持っている事ばれたら、私たちただじゃすまないんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。
そろそろ今日の主賓が到着しますから」
その言葉とほぼ同時だった。
「一気に攻めかかれぇ」
「おぉぉぉぉ」
今度は寺の外から地を揺らさんばかりの喊声が沸き起こった。
堂の障子を少しばかり開けて、外の様子をうかがうと、さっきまでは無かった旗が寺の壁の外にずらりと並んでいる。
「ゆるキャラが描かれたあれは何?」
「ゆるきゃら?」
「あ、それはいいから。寺の壁の外に並んでいる旗?」
「四公の旗ですね。
つまり、四公が攻めて来たと分からせるためのものです」
「あの旗に描かれているのはサルの絵だよね?
四皇とどんな関係が?」
「姫様、本当に最近変ですよ。
四公と言えば。
まずはあの目を手で隠したサルの絵、三猿家。
口を手で隠したサルの絵、岩猿家。
耳を手で隠したサルの絵、輝猿家。
月とサルの絵、大猿家の四家じゃないですか」
「赤髪とかじゃないんだぁ。そこは四皇でも違うのね。
とは言え、大猿って月と関係あるのなら、実は宇宙人でサ○ヤ人とか」
「なんですか、それ?」
なんて、現実逃避している場合ではなかった。
外ではすでに戦いが始まり、刀と刀がぶつかり合う金属音、人の喊声に悲鳴が入り混じった戦場と化していた。
「出て来たぞ! あれこそ里見光太郎だぁ」
「討ち取れぇぇ」
「おぉぉぉ」
「でも、明智の謀反じゃなかったの?」
「明地様の謀反ですよ」
「でも、旗は四皇のなんでしょ?
どう言うこと?」
「その話は奴らの口から聞き出しましょう。
そのためにはいいですか、姫様。
これから私が言うとおりにしてください」
佐助がそう言って、私にこれからするべき事を伝え終えた時だった。
こちらの世界で私の父、と言っても顔を見たのもついさっきが初めてだったんだけど。この国の皇帝でもある里見○太郎が討ち取られてしまった。
「陛下、討ち取ったりぃぃぃ」
「残った者たちも全員皆殺しにしろ!」
私的には他人としか思えていないだけに、討ち取られたと言う言葉の方はそれほど大きな衝撃ではなかった。が、もう一方の方の全員皆殺しと言う言葉は私を恐怖に陥れた。
「ちょ、ちょ、ちょっと。どうするのよ?
緋村もいないし」
「大丈夫です。落ち着いてください。
さっき言ったとおりにして下されれば、全てうまくいきます。
ささ、早くご準備を」
「分かったわ」
もう佐助を信じるしかない。そう覚悟を決め、佐助に言われたとおり、これから始まる大芝居の準備を終えた時だった。
ぎ、ぎ、ぎぎー。
私たちが潜んでいる堂の扉が開けられた。
「ここに子供がいたぞ」
四皇の兵士の一人と思われる男が言った。