俺も申世界へ
翌日、俺は八犬士たちと今後の事を話し合っていた。
「たぶんですが、犬王様の力とは違い、八犬士を見つけ出す力はすでに発動しているため、姫様でなくても犬王の剣があれば、八犬士の力を目覚めさせることは可能だと思います」
俺の問いに犬飼が答え、犬川と犬田の二人が頷いている。
「ならば、姫様がいなくとも、私たちだけで姫様の要望を叶える事はできる訳だ。
とすれば、まずは姫様がご無事かどうかの確認だな」
「それは伊香の里に使いを出されているんですよね?」
「ああ。
だが、それを待つと言うことにもいかないし、伊香の里は味方と言う訳でもない。
だから、私自身で申世界に行って、向こうで何が起きているのか確かめてこようと思う」
「待ってください!」
俺の言葉に最初に反応したのは、部屋の片隅で俺たちのやり取りを見守っていた梓だ。
梓は慌てて俺のところにやって来て、すがりついた。
「八犬士たちを連れて、申世界へ行ってくれるのではなかったのですか?」
上目づかいで、今にも泣き出しそうな表情だ。
「八犬士は見つけて、連れて行く。
だが、それは姫様の安全を確かめてからだ」
梓の頭に軽く手を置き、撫でながら、諭すように話した。
「だとしても、八犬士たちを連れずに利馬主真雲天を越える事はできません」
梓は小さな体を震わせ、俺にしがみつくようにして、そこが危険だと訴えている。
「なぜ?」
「あそこには化け猫が」
「化け猫が出ると言うのは有名な話だ」
犬飼が言ったが、それは俺も知っている。
「だが、姫様は通ったんだろ?」
「それは……」
「何か知っているのか?」
梓は俯き、首を横にふるふると振った。本当は何かを知っている。そう感じはしたが、この少女を追い込む気にはなれない。
「ともかく、私なら大丈夫」
「だったら、私も行きます」
「だが、君は八犬士たちを連れてくるよう命じられているんだろ?
八犬士を連れずに戻ったら、困るんじゃないのか?」
「でも、私……」
梓はまた俯いて震えている。
「分かった。
俺が守る」
そう言って、梓の小さな肩を両手で包み込んだ。
「私みたいな子を守るって言ってくれて、ありがとうございます」
小さな声で、梓は言った。
「ともかくだ、早く姫様の安否を確かめるため、俺は明日の朝、ここを立つ」
「我々は?」
「犬塚さんも捕らえられている可能性が高い。
そう考えると、皆さんを連れて行くのは危険だ。
ここにいてもらいたい」
八犬士たちは俺の言葉にゆっくりと頷いた。
そして、次の日の朝、左に俺の諸刃の剣、右に犬王の剣を差し、梓を連れて利馬主真雲天に向かった。