怯える少女
猿飼の兵たちに調練を行っていた八犬士たちが俺のところにやって来るのに時間は要さなかった。
「これを見てくれ」
そう言って、犬王の剣を差し出すと、三人の八犬士たちの顔色が変わった。
俺と同じく、姫の異変を感じ取ったに違いない。
「これはどう言うことなんですか?」
「私にも分からない。
分かっているのは、姫様からこの書状が届き、そこに書かれている梓ちゃんと言う女の子から、残り四人の八犬士を探し、みんなで迎えに来て欲しいと姫様が言っているらしいと言う事だ」
そう言い終えると、俺は姫からの書状をみんなの前に出した。
「何ですか、これ?」
それは俺も同じ感想だ。どう見ても普通の書状ではない。
「本物なんですか?」
そこに関しては、俺は疑ってはいない。
「ああ。ほぼ確実に本物だ。
理由は簡単だ。
一字一字区切って書いてあるだろ。
元々は自分でも読み書きできていたのだが、いつの頃からか、姫様は一字一字区切った文字しか、読み書きできなくなってなぁ。
崩して書くと、ミミズが這っているみたいで読めるわけないでしょっ! って、ご立腹だったから、これは間違いない」
「で、その梓と申す者は、あそこにいる女子か?」
俺達から少し離れたところで、一人佇んでいる梓を差して犬川が言った。
「ああ」
興奮気味の八犬士たちは、俺の言葉が終わるや否や、梓の所に駆け寄り、彼女を取り囲んだ。
「姫様はどうした?」
「君は姫様とどう言う関係だ?」
「姫様の居場所は?」
大きな男たちに取り囲まれ、次々に浴びせられる質問に、梓は体を小さくして怯えている。
「待て、待て」
割って入ると、梓を背後に回して、八犬士たちをなだめる。
「この子はただの使いだ。
取り囲んだら、怯えてしまうだろ」
「すまない」
「ついつい、姫様の事が心配で」
「それは私も同じだ。
だが、ここで焦ってみても問題は解決しない」
八犬士たちにそう言い終えると、梓に向きを変えた。
「梓ちゃん、ごめんね。
この人たち、姫様の事が心配なんだ。
私たちの質問に分かる範囲でいいから、答えてくれるかな?」
梓は言葉ではなく、こくりと頷く仕草で答えた。
「君は誰で、姫様とはどう言う関係かな?」
簡単な質問。そう思っていたが、梓は小首を傾げて黙り込んでいる。
「姫様が梓ちゃんと名指ししているんだから、知り合いではあるんだよね?」
それにはこくりと頷いて答えた。
「姫様が今、どこにいるか知っているのか?」
背後からの犬飼の質問には、梓は首を横にふるふると振って答えた。
「八犬士を集めろと言っているのは本当に姫様なのか?」
犬川の質問にはこくりと頷いて答えた。
「どうしたものか」
「安易に信じて、八犬士揃えて迎えに行くと罠と言う事も」
「いや、それはほぼ間違いないだろう」
「姫様は人質と言う事だろう」
「なら、今すぐ姫様救出だろ?」
「だから、問題は姫様の居場所だろ?」
「そこは忍び活躍してもらうのがいいだろう」
なんて相談をしていると、梓が喋った。
「そ、そ、それでは困るんです」
怯え気味の震えた小さな声だったが、はっきりと意思を示した。
「何が困るの?」
「わ、わ、私、八犬士たちを連れてくるよう命じられているんです」
「誰に?」
その問いかけには、梓は再び黙り込んだ。
「つまり、八犬士たちを集めるのは姫様の言葉でもあるのだろうが、他の者が君にそう命じている。そう言う事でよいか?
それは誰だ?」
犬田が梓の前に立って、怒気を含んだ声でたずねた。
「だから、待て」
犬田の前に割り込んで、犬田を止めた。
「恐らくそうだろうが、私たちの敵はこの子じゃない」
「わ、わ、私を守ってくれるんですか?」
背後でつぶやくように梓が言ったのを俺ははっきりと聞いた。