姫様からの使者
ここからしばらく緋村視点にします。
引き続き、よろしくお願いいたします。
少し高い丘から、猿飼の兵たちが陣形を変える姿を眺めている。
進軍中の長蛇から平野を想定した鶴翼に一気に陣形を変える。
「大分早くなってきたな」
「はい。緋村将軍」
「個人の技量向上も必要だが、そちらの方はどうだ?」
「はい、八犬士の方々の指導もあり、槍を始めとした技も向上しつつあります」
「それはなにより」
そう言い終えた時、猿飼の伝令が俺のところにやって来た。
「将軍、浜路姫様よりの使いと申す方が、将軍に面会を申し出ておられます」
「姫様の?」
申世界に旅立ってから、一切なかった連絡がやっと来た。
安堵と不安が入り混じるが、そんな事は顔に出さず、落ち着いて返す。
「連れてまいれ」
使いが佐助なら面会などと面倒な事は言わず、直接ここにやって来るだろう。それだけに、その使いとはどんな者かと思っていたら、俺の前に現れたのは姫と同じ年頃の少女だった。
「緋村様でよろしいでしょうか?」
小さな声でそう俺にたずねながら、恥ずかしいのか、怖れているのか分からないが、その視線は俺の胸のあたりの少し横に外れたところを見つめている。
「そうだ。
で、姫様からの使いとの事だが」
「これを」
そう言って、少女は一通の書状を差し出した。
受け取った書状に目を通す。
「勇敢な緋村殿へ」
なんだこりゃあ?
それが最初の印象だ。
ここのところ姫は変だとは思っていたが、続きも想像を超えた違和感いっぱいの文章がつづられている。
「だめだと言われながら、申世界へ赴きましたが
人間としての使命を感じずにいられません。
初めて見た申世界は助けが必要で
目指す人々の安寧に向け
楽な事ではないと知りつつ、取り組んでいます。
連絡事は梓ちゃんに伝えていますので
頼みましたよ」
「梓ちゃんと言うのは君の事?」
この書状を持ってきた少女にたずねた。
やはり恥ずかしいのか、怖れているのか分からないが、少女は言葉ではなく、小さくこくり頷くことで返事をした。
「では、梓ちゃん。
姫様の連絡事って何?」
俺の問いかけに梓は腰に差していた刀を納めていると思われる袋の紐をほどき、そこから一本の刀を取り出した。
漆黒の鞘に散りばめられた四つの宝石。紛れもない犬王の剣である。
これを姫が手放すと言うのは尋常ではない。
動揺した俺は、おそらく差し出そうとしていたと思われる梓の手から、それを奪うようにして取り上げてしまった。
「きゃっ」
小さな悲鳴を上げ、口元あたりで両手を結び、震えている。
「すまん。
脅かすつもりはなかった。
これはどう言うことなんだ?」
「犬塚さんを除く残りの七人の八犬士を揃えて、迎えに来て欲しいと姫様からの伝言です」
犬王の剣を持ってきているところから言って、梓の言っている事とつじつまはあっている。が、なぜ?
「姫様はどうして、それを私に?」
俺の質問に梓は首を横にふるふると振って答えた。知らないあるいは知っていても話せないと言うことなんだろう。
「八犬士たちを呼んで来てほしい」
猿飼の兵にそう頼んだ。
姫に何かあった。そう考えるのが普通だ。