籠の中の鳥
大輔がこの地の支配者たちと話をつけてくれたおかげで、私たちはすんなりと大猿の館までたどり着いた。
その館の広間で、今私たちは大猿家当主の勇多がやってくるのを待っている。
私の背後に犬塚、佐助。その後ろに大輔。そこまでは私の想定内。だけど、私の一行と言う事で、大輔に並んで梓ちゃんまで館の広間に入れてもらっている。
勇多、ゆだ、ユダ?
この世界のお約束から言って、その名はユダを意味している?
つまり、裏切者?
誰を裏切るの?
私たち?
それとも明地?
そもそも彼は誰かと組んでいるの?
暇を持て余した私の思考回路が答えの出ない事をぐるぐると巡らせている内に、当の本人勇多が現れ、私たちが座る板の間より一段高い奥に座った。
体格がよく、仁王のような形相の40代前半っぽい大男だ。
「これはこれは、甲斐族の姫様。
私が大猿勇多でございます」
「里見の浜路でございます。
が、すでに我れが国の天下は明地の手にあり、私は姫の立場ではありません」
「はっはっはっ。
これはご謙遜を。
正統なお血筋のこの国の正当な帝位継承者ではありませぬか」
「正統なんて事に意味はありません」
「私どもは、姫様が明地殿を討つとお決めなられるのでしたら、迷うことなく、力をお貸しいたします」
「いえ、私は戦乱を引き起こす気はございませぬゆえ」
「お疑いやも知れませぬが、もし手を取り合うと言っていただけるのでしたら、真に姫様を帝位に就けさせていただきますが」
「それは無用の事」
「左様でございますか。
それは残念な事でございまするなぁ。
ところで、此度はこの猿族の地に川をお造りいただけるとか」
「はい。
この地は貧しく、土地も乾ききっております。
全ては裂土羅隠の岩山があまりにも高すぎ、この地に雨雲が届かない事ゆえ。
さすれば、裂土羅隠の一部を崩し去り、甲斐族の地より川を引くことで、土地の水不足を解消できるものと考えております。
また、川を通じて、人が行き来する事でお互いの理解も深まりましょう。
何もお互いの行き来を遮断し、翔んで猿族をする必要はありません」
「なんですと?」
「あ、失礼しました。お互いの民族を分け隔てる理由はありません」
「おお。真に素晴らしいお考え。
かつて、我らを討ち破った甲斐族の犬王の力。それが此度は姫様の手で我らをお救い下さる事に使われるとは、世の中は分からぬものですなぁ。
はっはっははは」
ユダ。その名をイメージしてしまったせいか、何かを企んでいる。そんな疑念が沸き起こって来る。
「川を引く場所については自由に決めていただいて結構。
民は立ち退かせればよい」
「ありがとうございます。
ただ、極力民には迷惑をかけぬよう川筋を決めていきますので」
「左様か。
それは好きにすればよい。
ところで、今日は甲斐族と猿族の真の和解となるめでたき日ゆえ、祝宴の用意をさせておいた」
勇多はそう言い終えると、手を叩いた。
ぱん。ぱん。
「これ、食事を運び込め」
勇多の声に、膳を手にした多くの女性たちがしずしずと広間に入って来たかと思うと、私たちの前に膳を並べ始めた。
「この地で獲れる鳥肉と野菜を使ったこの地の料理でござる」
勇多が言った。それは鳥肉と野菜の炒め物っぽい。主食はやはり粟であって、白米ではない。
「どうぞ、どうぞ。
召し上がれ」
「姫様、しばしお待ちを」
箸を持とうとした私の手を犬塚が止めた。
「おお。毒見は必要じゃのう」
勇多はおおらかな口調でそう言った。
犬塚は警戒したまま、膳のものをいくつか口に運んだ。
勇多はしばらく、それをにこやかな表情で見つめていた。
「いかかじゃ?
毒が入っておるか?」
「いえ。これは失礼しました。
姫様」
「では」
そう言って、まずは粟を口に運んだ。正直、こちらに来てからずっと粟。籠の中の鳥になった気分。
そんな事を思いながら、食事を進めていく内、私の意識は薄くなり、箸をもったまま床に倒れ込んだ。
「わしと共に天下を目指すと言えばよかったものを」
消えゆく意識が最後に聞いたのは勇多のその言葉だった。
そして、どれくらい眠ったのか分からないけど、目覚めた時、私は籠ならぬ牢の中だった。