新たな仲間
申世界に川を造る。
そのために必要な有力者たちの了解を取りに行くと言っていた大輔が戻って来た。
その成果は驚くもので、申世界を治める四公の全てが了承し、四公の筆頭 大猿家が直接話を聞きたいと言っているらしかった。
裏があるのではと消極的な佐助の言葉を抑え、私たちは大輔の道案内に従い、申世界の入り口 主野又から遠く離れた大猿の領地を目指す。
申世界の国土は貧しく、そこで暮らす人々はみな痩せこけている。
こんな生活を強いられている原因が甲斐族にあると信じていれば、甲斐族に対する憎しみが民に浸透していく事は容易に推察がつく。
その憎しみを取り除くには、ここの生活を豊かにするしかない。
一歩一歩この地を進むたびに、私はその思いを強くしている。
「大輔さん、絶対に川を造ろうね」
「はい。お願いします。
もう少しで大猿家の領地です」
そう大輔が言った時、一人の少女の姿が私の目に留まった。
「大輔さん、あの子は何をしているんでしょうか?」
「さあ?」
その少女は目の前の木を見上げ、手を差し伸ばして、時折飛び跳ねている。
その少女は近づいてくる私たちに気づくと、木の幹の裏側に姿を隠した。
「怖がられたんでしょうか?」
「それは分かりませんが、避けられたのは確かかも知れませんね」
そんな会話を交わしているうちに、私たちは少女が隠れている木の所までたどり着いた。
「みゃあ」
「猫?」
頭上からした猫の鳴き声に、視線を上に向けた。
木の枝の上にいたのは小さな子猫。
「あなた、もしかしてこの子猫を助けようとしていたの?」
幹の裏側に回り、隠れている少女に声をかけた。
その少女は私と年頃はほぼ同じっぽくて、しかも女の子の私から見てもかわいい。身につけている服はきれいとは言えないけど、豊かな頬から言って、それなりの生活をしているらしい。
私の問いかけに、少女は視線を逸らしたまま、こくりと頷く仕草で答えた。
「犬塚さん、子猫を助けてくれませんか?」
「分かりました」
そう言うと私よりも背の高い犬塚さんは両手を木の枝に伸ばした。
「よいしょ」
つま先を立てると子猫まで何とか手が届いた。
「みゃぁぁぁ」
「お礼を言っているのかな?」
そんな事を言いながら、犬塚より子猫を受け取ると、少女に子猫を差し出した。
「はい。どうぞ」
嬉しそうな笑顔を浮かべ、少女は子猫を受け取った。
「あなたいい子ね」
私の言葉に少女は戸惑ったような表情を浮かべた。
見ず知らずの人にそう言われた事に驚いたのかも知れない。
「猫好きなんでしょ?
猫好きに悪い子はいないのよ」
偏見だけど、私はそう思っている。
「わ、わ、私がいい子、ですか?」
初めて少女が口を開いた。
「うん」
なんだか、分かりあえたような気がして、目いっぱいの笑顔で頷いて見せた。
「じゃあ、行くね」
そう言って、私たちはその場を離れた。
「りなさん。さっきから無視しているのは、あれですか?」
少女と分かれてしばらくすると、佐助が話しかけて来た。
「あれって、何?」
「自分よりかわいくて、胸のある女の子とは一緒に歩きたくないって事ですか?」
「はあ?
意味分かんないんだけど」
「あの子、ずっと後をついてきていますよ」
「えっ?」
立ち止まって振り返ると、確かに私たちから10mほど離れたところに、さっきの少女の姿があった。
「帰る方向が同じなんじゃないの」
そう言ったけど、少女も立ち止まっている。
「ちょっと待ってて」
そう言い残して、私は少女の下に駆け寄った。
「どうしたの?」
「私もついて行っていいですか?」
振り絞るような声でそう言ったかと思うと、頬を染めて視線を逸らした。
「いいんだけど、あなたおうちは?」
「嫌われているんです。
家に帰りたくないんです」
少女はそう言ったけど、この世界で体つきが痩せこけてはいない事を考えると、虐待を受けていると言う風でもない。
「名前を教えてもらっていいかな?」
「梓」
「あずさちゃんかぁ。
いい名前だね」
「いい名前。ですか」
「うん。私はそう思うよ」
梓は嬉しそうに微笑んだ。
「どうしますか?」
犬塚がたずねてきた。
「本人が一緒に来たいって言うんだから、まあいいんじゃないのかなぁ」
「胸は無いですけど、器量はあるんですね。
自分よりもかわいくて、胸のある女の子をお供に受け入れるなんて」
「佐助、やっぱ、その口縫い付けてやろうか!」
ともかく、梓が仲間に加わった。ってところだ。