二つの影 再び
再び某所にて。
ろうそくの灯が消された部屋の中。空を埋める雲が隙間を作り、弱々しい月明りが時折差し込むと板で出来た床に二つの影を映し出す。
「申世界に川を造ろうなどとは、あの姫様の考える事は全く読めぬわ」
「ははっ!
しかし、あの姫様は浜路姫様に非ず。
私どもはそう確信しておりまする」
「ほう。それは何故に?」
「申世界で犬王の力を使われた夜、犬王の力を封印しようと眠る姫様の意識に暗示をかけようとしたそうです。
ですが、目を覚まされた姫様は母君の姿を認識できなかった由にございます。
遡れば、先帝、つまり父君の姿も認識できなかった由にございます」
「ほほぅ。それは興味深い。
しかし、姫君の容姿を知っておる者はごく少数しかおらぬとは言え、誰も偽物だとは申してはおらぬようだが?
それに緋村をはじめ、警護の者たちがおる中で、偽者が入れ替わるなど、ありえぬであろう」
「それは確かに。
姫様の容姿は全く変わってはおりませぬ。
ただ、我らの策を脱し、突如犬王の力を使い始めた頃より、全くの別人格としか言いようもなく。
それと、八房と姫様の会話の中に私のいた世界と言う言葉があったそうで。
つまり、姫様は別の世界から来たと受け取れます。
呼んだのは八房。あの妖の力が働いたとすれば、我らの理解を越えた事が起きたとして、何ら不思議な事はございませぬ」
「なるほどのう。
あの者は姫様であって、姫様ではないと言う事か」
「ははっ」
「あの者が姫様でなかったとしても、容姿が浜路姫様である以上、姫様に違いはあるまい。ましてや、犬王の力も使え、八犬士たちが忠誠を誓っておるのだから、あの者が誰であろうと関係は無い。
あの者を我らの側につけねばならぬことに違いはあるまい。
我が愛しい者も、覚醒してしまった以上、姫様を味方にすべきと申しておるしなぁ」
「ははっ。
その点はぬかりなく」
そう言い残して、影の一つは闇に消えて行った。