夢枕に立つ女性
「浜路よ。
その力は使ってはならぬと申しておったではないか。
その力はそなたを人ならざる者とし、緋村もそなたを物の怪と恐れてしまう。
私が言った事を忘れたのか?」
誰かの声が私の頭の中にこだまする。
「とは言え、もはや使ってしまった事を責めても致し方ない。
この後はよく考えて力を使うのじゃ」
眠りと言う停止状態にあった私の思考回路が再び動き出す。
「誰かいるの?」
覚醒していく意識が、私の瞼を開いた。
上半身を起こし、辺りを見渡す。
襖と障子に囲まれた部屋の中を照らすのは、障子紙を通して差し込む弱々しい月光のみ。
その光が部屋の片隅に佇む人影を映し出している。
目を細め、その姿を確かめる。
腰の辺りまで伸びた長い黒髪。
月光を浴び透き通るような白い肌。
浮かび上がる顔の輪郭。高く通った鼻筋、つぶらな瞳。
私を見つめるその表情には優しさが溢れている。
「誰?
私にあの力を使うなって言っているの?」
私の言葉にその女は言葉で答えず、にこりと頷くと、近くの襖を開いて、隣の奥の部屋に姿を消した。
「待って!」
私はその女を追いかけて、その部屋に向かった。
月光も届かぬ奥のその部屋は暗く闇だけが広がる空間。
視覚で人を探す事はできない。
目を閉じ、他の感覚で人の気配を探ってみる。
その先の空間に人の気配は無い。
「どうかなされましたか?」
私の異変に気付いた犬塚が部屋の外から私に声をかけた。
「大丈夫よ」
犬塚にそう返すと、視線を天井に向けた。
「佐助、そこにいるのは分かってるんだけど。
なんでまた天井裏にいるのよ。
言ったよね。天井裏禁止って!」
「頭打って、忘れちゃった。
てへっ!」
「それって、私への嫌味?」
「イミフ」
そう言って天井から飛び降りて来た佐助が障子を開けて廊下に出て行くのを見送ると、私は再び布団に戻った。
布団の中で上半身を起こし、腕組みをしてさっきの女性の言葉を咀嚼する。
私にあの力を使うなと言っている。
あの力を使えば私が物の怪と同類と思われてしまうのは理解できる。
だけど、どうして緋村の名が??
もしかして、この世界の本当の浜路姫は緋村の事が好きだったの???
その答えにたどり着いた時、胸がチクッと痛んだ。