犬王ふたたび
どこまでの範囲かは分からないけど、この地域では何かの疫病が流行っているらしい。
この世界の人々は見るからに貧しく、栄養が行き届いていない。こんな状態では病に対抗できる訳が無い。そのためか、病気の人やその人たちに触れた者たちを隔離する事で、広がる事を防ごうとしているのだろう。
「桜を見る会なんて言ってる場合じゃないですよ」
「しかし、蔵を見るためにお連れしたんですから」
「いやいや、今大事なのはこの病気をどうするかでしょ。
なんだか、病の人への扱いを見てたら、どこかの国の新幹線みたいに全員埋めちゃうんじゃないかと思っちゃいますよ」
「はい?」
「治しましょう。
教えてください。どこまで広がっているんですか?
大輔さんなら本当は知っているんでしょ?」
「治せるんですか?」
「はい」
「本当なんですか?」
「どうやって?」
私の言葉に兵たちの方が食いつき、駆け寄って来た。
「犬王の力です」
「どう言う事ですか?」
兵たちは大輔にたずねた。きっと、猿族からみて敵に近い甲斐族の力の言葉を私が口にしたからだろう。
「この方たちは甲斐族の方たちだが、信じるに足る方たちだ。
これまでも乾ききった畑を救うため、雨を降らしてくれてきているし、この地に川を造るために、場所を見て歩いているんだ」
「本当に?」
「ああ」
兵たちにそう言うと、大輔は私に向き直った。
「この病はどこがと一つ一つ言えないほど、この四公の地、各地に広がっています」
「分かりました」
そう言うと私は腰に差している犬王の剣の柄に手をかけた。
シャキーン!
一気に抜き去ると、その切っ先を天に向けて叫んだ。
「いでよ、犬王!」
私がそう唱えた瞬間、辺りは闇に包まれた。
そして、遥か天空に浮かび上がった白い光が一気に近づいて来た。
「浜路姫。此度はいかがした?
この地は猿族の地であるが」
「これが、犬王の力ですか」
共に闇に包まれた大輔が驚嘆の声を上げている。
「猿族も同じ国。
この地で力を使う事に何の問題がありましょうか」
「伏姫。
この者の世界にも人種や民族による差別がありましたが、この者はその中でもその類の意識がもっとも薄い国で育ちましたからな」
「そうよ。世○は○い ただひとつ、なんだからね」
「まあ、姫が望むなら、かまわぬ。
して、望みはなんじゃ?」
「この申世界に蔓延する病の原因を全て取り除いて欲しいの」
「病の原因?」
伏姫が首を傾げた。
「八房、あんた私の世界にいたんだよね?
あんたなら知っているんでしょ。病の原因が細菌やウイルスだって事。
それを人の体内も含めて、全て取り除けって言ってるのよ」
「浜路姫よ、出来ぬ事ではないが、かなりの力を消費することになり、再び我らを呼び出すまでに何か月もかかる事になるが、よいのか?」
「多くの人の命がかかってるんだから、かまわないに決まってるでしょ」
「あい分かった。
かなえようではないか」
八房がそう言い終えた時、闇は霧散し、元の明るい世界に戻った。