うまい食べ物と喧嘩
その日の夜、集落近くの寺院の片隅に私たちは身を寄せていた。
「今日はありがとうございました」
そう言った大輔の顔には純粋な喜びが浮かんでいた。
「いえ、こちらこそ。
大輔さんのおかげで、あの水が捨てられずにすみました」
「いいえ、違いますよ、浜路姫、いえりなさん。
貴重な水を手に入れられた事で、あの人たちの生活が守られたのですから、こちらこそ感謝です」
「とりあえず、水に困っている所を回って、雨を降らしましょう。
そして、最終的には川を造りましょう」
「りなさん、そうおっしゃいますが、どうやって川を造るのですか?」
「そうですよ、りなさん。
どうやって、川を造るんですか?」
「佐助、犬王の力ですよ。
なんでも叶えてくれるんだよね?」
「ええっ!
あの力を申世界のために使うんですか?
あの力なら、できるかも知れないですが」
「佐助、申世界だって同じ国なんだよ」
「それはそうですが」
「りなさん、犬王の力を使うと本当にそんな事ができるんですか?」
「たぶんだけど。
だから、まずはどこにどう川を造るかをはっきりさせないと」
「ありがとうございます」
「ううん。これは私たちのためでもあるんだから。
同じ人間同士、しかも民族は違えど、同じ国の人間同士いがみ合ってたらだめなんだよ。
そのためには、食べ物だよ。
うまい物食べてる時はみんな喧○しないだろって、フェ○シアちゃんも言ってたしね」
「だれだよ、それ!」
「佐助、誰だっていいの。
ともかく、ここの人たちの生活を安定させる必要があるのよ」
「りなさん、向こうの世界の生活はどうなっているんですか?」
「そうですよ。
ここの事より自分の足元でしょ!」
大輔の質問は純粋な質問のはずだし、そこに食いついた佐助の言葉も理解できないと言う事はない。
「そうね、佐助。
でも、あっちは明地がなんとかしてくれるでしょ」
「明地には天下を治められませんよ。
何しろ、謀反人ですからね!」
「うーん、でも佐助。
明地が謀反を起こしたってのは事実だけど、一応私の父を討ったのが明地だと言うのは公にはなっていないよね。
それに、あなた、私の父が治める国を否定していたよね?
だったら、あの国を治めるのは誰がふさわしいと思っているの?」
「そ、それは特には無いですけど……」
そう言って黙り込んだ佐助はほっておいて、それから大輔にあちらの世界の事を話した。
庶民の生活。そして、その格差と一揆について。
支配者。つまり、私のこちらの世界の父である先帝は謀反に倒れ、今の自分は姫と言う立場にはないこと。
戦争。外の国との戦争は続き、まだ平和は訪れてはいないこと。
私の力。犬王、八犬士たちについても話をした。
そして、大輔はこの世界の食糧事情を見てもらうため、集落に点在する食物を保管した蔵を見せてくれると言った。