わだかまり
みんなの桶や瓶にそれなりの水が溜まった頃、犬塚が雨を降らすのを止めた。
「おお、見ろ。
水がこんなに溜まったぞい」
「ありがたいことじゃ」
明るい表情。それがうれしくて、気づけていなかったけど、人々は痩せこけていて、その姿は本王寺に向かう時や、芝田の領地で見た人々以上に貧しい生活をしていそうである。
「畑も見に行ってみようではないか」
一人の男の言葉に、みんな頷き畑に向かい始めた。
「大輔さん、これ何とかならないの?
井戸や湧き水って手は無いの?」
「湧き水は裂土羅隠にあるにはありますが、申世界の人々すべてを潤すほどの量ではありませんし、遠くの人々はそれを運ぶのも大変です。
井戸も所々にはありますが、そう多くは無いんです」
「うーん、そうなんだ。
何かあれば」
「そもそも川が無いんです」
「大輔さん、そこだよ。
そこ」
「どこだよ、りなさん」
「佐助は黙ってなさい。
申世界に川を造ればいいんだよ。
問題はどこにどう作るかって事だよね。
大輔さん、ラフテルに行くのはちょっと置いておいて、川を造る場所を確かめに行きましょう!」
「りなさん、裸婦照に行くのは諦めるんですか?」
「優先順位を下げるだけよ。
だって、私たちが先に着いちゃあル○ィが困るからね」
「イミフ」
「佐助、その反応、話が短くなっていい感じだよ」
なんて言っている内に、畑に行っていた人々が戻ってき始めた。
「あんたたち、ありがとう」
「畑の粟もこれでしばらくもつだろうよ」
戻って来た人々は歓喜の声を上げながら、私たちを取り囲んだ。
「いえ、とにかく、皆さんの水不足解消に少しでも役立って、嬉しいです」
それが私の正直な気持ちだ。
「しかし、八犬士の力はすごいですね」
大輔が発した言葉に人々の顔色が変わった事に気づいてはいたけど、大輔への疑問の方を私は優先させた。
「どうして、あれが八犬士の力だと知っていたんですか?」
「そ、そ、それはあなたが浜路姫だと知っていたから、当然そう言うことなんだろうと」
「浜路姫?」
「それは敵の姫じゃろ?」
「この雨は罠なんじゃないのか?」
人々の雰囲気は一転し、私たちへの敵意と疑心に満ち溢れている。
「敵じゃないよ。
同じ国じゃない」
「俺たちはお前たちに踏みにじられてきたんじゃ」
「水は毒に違いなきゃあ。
さっさと捨てるんじゃ」
「そうじゃ、そうじゃ」
あんなに渇望していた水。それさえ、捨てようとするほど二つの民族の間にはわだかまりがあるらしい。
「待って、毒なんかじゃないよ。
飲めるよ」
その言葉だけでなく、ここで飲んで見せればいいんだろうけど、ためらってしまう。
雨水はたぶん飲める。どこかの隣国から運ばれてくる汚染物質も含まれていないだろうし、きれいに違いない。だけど、水を溜めた入れ物が清潔とは思えない。せめて、煮沸すれば飲めそうな気もするけど、薄汚れた桶や瓶の水を直接飲む勇気は出ない。
「私が飲んで見せましょう」
そう言ったのは大輔だった。
今にも雨水の溜まった瓶をひっくり返そうとしていた男のところに近寄り、男の手を止めた。
「あ、あなた様は」
「しっ!」
男は大輔の事を知っているようだった。そして、私は大輔の素性を本人から聞いていなかった事に気づいた。
「あなたは私の事を知っていましたか」
大輔はそう男に言い終えると、私に視線を向けなおした。
「りなさん、いえ浜路姫、私はこの先の地で商売をしている家の息子なんで、私の事を見知っている者がいたりもするんです」
大輔は素性をそう語った。他の人々よりも体格もいいし、小奇麗だしするので、こちらの世界でもそれなりの身分だとは感じてはいたけど、商家の跡取りと言ったところなんだろう。
「し、し、しかし、本当によろしいので?」
「大丈夫。私はあの方たちは信じるに足る方たちだと思っていますので」
「お待ちください。
やっぱり私が私が飲みます」
男は大輔の手を止めると、自分の手で水をすくって飲みだした。
男はみんなの視線が集まる中、男は手ですくった水を飲みほした。