雨
雨を求めている土地。大輔が私たちを連れて来たその土地は確かに乾燥しきっていた。
乾燥を好む粟の葉でさえ乾燥に耐え切れず、変色し、少し縮れ始めている。
しゃがみ込み、その根元の土に目を向ける。
少し小さな砂粒が多く混じった土。そんな感じで、色からしてすでに何日も水に触れていなさそうだ。
「このままだと、粟も枯れてしまうかもね。
飲み水はどうしているの?」
「この地ではわずかばかりの雨に頼っているんですよ」
「いや、て言うか、ここ雨、降らないんでしょ?」
「でも、それ以外に無いんですよっ!」
強まった大輔の語気に、雨に対する恨みのような感情を感じた。
「では、今から雨を降らします。
粟は多湿を嫌うので、少しだけにしますので、皆さんに雨水を溜める準備をお願いしに行きましょう」
「さっき言っていましたが、本当に雨が降るんですか?」
大輔の言葉に私は頷いて返した。
「行きますよ!」
私の言葉を信じ切れず、動きを止めたままの大輔の手を取り、目の前の集落に向って行った。
「みなさぁぁん、これから少し雨が降ります。
桶とか、水を溜めるものがあれば、外に置いてください」
私の言葉に集落の何人かの人々は家の扉を少し開け、空に目を向けた。
そこに見えるのはすっきりと晴れた青い空。雨の気配など無い事を確認すると、今度は私たちに不信の目を向けた。
「本当ですよ。
これから降りますから」
そう言って、一番近くにあった家の前まで駆け寄ると、顔を覗かせていた初老っぽい男の人の手を取って、外に連れ出した。
「お前さんはばかか。
こんな天気で雨が降るわきゃねぇだろが」
「じゃあ、見ていてください。
少ししか降らしませんから、雨が降り始めたら、すぐに水溜める桶とか持ってきてくださいね」
そう言い終えると、私は犬塚さんに目で合図を送った。
犬塚が腰の村雨の柄に手をかけ、一気に引き抜くと、切っ先を空に向けた。
さっきまでの青空を遮るかのように、低く黒い雲が沸き起こり始める。
「これは?」
空の変化に大輔が驚きの声を上げた。
「りなさん、歌を歌うんじゃなかったんですか?」
「だから、それは色々と事情があって、できないんだって」
私がそう言い終えた時、空から小さな雨粒が降り注ぎ始めた。
「雨じゃ、雨が本当に降り始めたぞ!」
外に連れ出した老人が発した言葉に、皆が家を飛び出して来た。
「久しぶりの雨じゃ」
「これで畑も助かるぞい」
人々が歓喜の声を発し、さっきまでの澱んだ表情は消え去っている。
人々は水を溜めようと桶や瓶を家の中から取り出して、外に次々に置き始めた。
私の横にいた初老の男の人も、家の中から瓶を取り出し、地面に置いた。
粟に気を使った少しばかりの雨粒では、瓶の中でほんの少しの水滴の集まりを作る程度でしかない。
「犬塚さん、畑ではなく、家のあるこの近くだけ、雨を増やせないかなぁ」
「やってみましょうか?」
犬塚が再び村雨の切っ先を天向けると、私たちが建っている場所の雨が激しくなった。
「げっ!
むっちゃ濡れるじゃん」
私は慌てて、初老の男の人の小屋のような家の玄関前の庇に逃げ込んだ。
外に立っていると、かなり雨で濡れてしまうと言うのに、この集落の人たちは気にせず、と言うか喜びの表情を浮かべ、雨の中で雨水を桶や瓶に集めていた。
それだけ、この地域の人にとって、雨とは重要で、待ち焦がれていたものなんだろうと、私は思った。