化け猫
裂土羅隠を貫く一本の道。庚申山とも呼ばれる利馬主真雲天の長く、まっすぐ続く坂を上って行く。
「いやあ、ちょっとした山登りだね。
私、疲れてきちゃったよ」
「確かに、この道はりなさんにはきつそうですね」
「でしょう。犬塚さん、思い切って八房でも呼んで、一気に向こうの世界に送り届けてもらいますか!」
なんて言ってると、視界がかすみ始めた。
「りなさん、霧ですかね?」
犬塚さんの言葉通り、私たちを取り囲み始めているものは霧と言うのが妥当な意見だ。
辺りを見渡して見ると、この霧らしきものが利馬主真雲天の主野又側から来ていると言うみたいでもなければ、猿飼の地から来ているみたいでもない。
どちらかと言うと、この地で発生し、徐々に密度を濃くしていっている。そんな感じだ。
「うーん、霧っぽいけど、霧じゃないかも」
「りなさん、ではこれは何だと?」
「ここって、化け猫が出るんだよね?」
「では、妖術と言う事ですか?」
「可能性だけどね」
そう私が言った時だった。
「何か近づいてきます」
「さすが、佐助ね。
気配を感じ取ったんだ」
「いえ、音がしてますけど」
ドタ、ドタ、ドタ。
確かにそんな足音のような音が利馬主真雲天の空間に響き、地面もかすかに振動している。
「これは大軍では?」
犬塚はそう言うと腰の村雨の柄に手をかけた。
「いえ、これは大軍ではなく、巨大な何か」
私がそう思ったのは、見事なまでに振動が一つに揃っていたから。
目を閉じ気配を読み取る。視界に頼らなければ、霧があろうとなかろうと関係は無くなる。
ドタ、ドタ、ドタ。
視界が奪われると言う恐怖も消え去ると、違うものが見え始める。
トタ、トタ、トタ。
猿飼の地より、何かが近づいてきている。それはそれほど大きなものではない。
やがて、それは私たちの近くまできて、少し離れた場所で立ち止まった。
「ば、ば、化け猫か!」
犬塚の言葉に目を開くと、巨大な猫の顔を持ったものが私たちの目の前に止まっていた。
大きく見開いた瞳は私たちを見据えている。
その胴体の上部にはちょうどバスの窓のような穴が開いていて、片側に多数の足がある。
そして、胴体前面の上部にはバスの行先表示のようなものがあって、あの世と書かれている。
「ト○ロの猫バ○?」
「りなさん、それは何ですか?」
「それは気にしないで」
犬塚にそれだけを返して、化け猫に目を戻した。
「あなた、化け猫で私たちをあの世に連れて行こうって事でいいかな?」
「そのつもりだったが、止めておくよ」
「どう言うことかな?」
「お前は浜路姫であろう。
浜路姫は通せと命じられている」
「だれに?」
「りなさん、下がってください」
私の言葉を遮って、佐助が猫バスに斬りかかった。
その瞬間、化け猫の行先表示は”あの世”から”赤岩”に変わったかと思うと、身を軽やかに反転させ、来た方向に駆け去って行った。
「赤岩って地名?」
「はい。猿飼の地にあります」
「と言う事は、あの化け猫の住処がそこって事かな?
どこかの国の戦車には方向指示器が付いているって噂があるけど、それに匹敵する話だね」
「せんしゃって何ですか?」
「あ、佐助、そこはいいから。
どうして、突然あれに斬りかかったの?
私が話している途中だったのに?」
「りなさんと話をして、油断させながら、襲おうとしていたからです」
「なるほど、君はあれだね。忍びだから、敵の気配を読み取ったって事でいいかな?」
「そう言う事です」
「でも、あれの本体は私たちの目の前ではなく、少し離れた別の場所にいたよね?
わざと本体ではなく、幻を襲ったって事でいいのかな?」
「えっ?
そ、そ、そうですか?
そんな事ないと思いますけど」
「そんな気もしたんだけどね。
まあ、いいや」
そう。かつて明地が言った言葉。” 佐助は敵に回すと厄介です。いえ、敵に回っている事すら気付かないかも知れませんからね”
あれは私に向けた忠告だったのかも知れない。
私の脳裏にそんな事がよぎった。
ちょっとスタイル変えようとお休みしていましたけど、結局どう変えていいか分からずじまいで、申世界編、しばらくは今まで通りで行かせていただきます。
そして、途中から男の子視点に変更して、書かせていただきます。
これからも、よろしくお願いいたします。