申世界へ
「姫様、溝小の姿はどこにも見当たりません!」
「もっと、探してください」
城の広間の奥に、綺麗な姫の衣装に着替えた松姫が座り、報告に来た者に向かって言った。
明地の兵からこの城を取り返したものの、ここのトップだった溝小を捕まえることができなかった。溝小を捕えていれば、明地の考えている事を聞き出せたはずなんだけど。
「さて、りなさん、松姫をここまで送り届けた訳ですが、次はどうします?」
松姫と同じ広間の片隅に座る私に緋村がたずねてきた。
「そうですね。
四公の地に行ってみませんか?」
「四公って、力で押さえつける事で服従させていましたが、元々敵対心持っていますからねぇ。
行かない方がいいんじゃあないですか?」
「佐助の意見は聞いていない!」
「佐助の意見も理解できます。
どうして、四公の地、申世界へ?」
「甲斐族王になるには、行かなきゃ!
と言うのは置いておいて。
人と人が憎しみあうって、悲しいじゃない。
それも、目の前で大切な人を殺されたとか、ひどい目に遭わされたとか言うのならともかく、付き合いが希薄なんだから、憎しみあう理由って、昔々の話に遡る訳でしょ?
だからね、今の私たちが憎しみあう理由って無いんじゃないかなぁ?
人と人として付き合えば、昔話の憎しみとかは消えて、仲良くなれるんじゃないかなって思うんだよねぇ」
「仕方ないですねぇ。
では、行きますか」
「ちょっと、お待ちいただけますか?」
今度、話に割って入って来たのは松姫だった。ちょっと焦り気味の表情で、私のところまでやって来た。
「皆様方が旅立たれると、私はどのようにすればよろしいのでしょうか?」
「そうだよね。
松姫は命狙われてるみたいだし、武将格の人いないと軍も統率できないだろうし」
「しばらくは、こちらにいていただくと言う訳にはいかないでしょうか?」
「うーん、そうねぇ。
緋村って、将軍だったんだよねぇ。
軍を率いるのって、慣れてるんだよね?」
「まぁ、そりゃあね。仕事ですから」
「じゃあ、ここに残ってくれる?
他にはそうねぇ。
犬川さんも残って槍を教えてあげて。
犬飼さんも松姫を守るために、あなたの力を使って。
それと犬田さんも残って、万が一の時、松姫を助けてあげて」
「いや、そもそも私はあんたの護衛なんだから、一緒に行かなければならないだろ。
何度も言ってますけど、大体、申世界なんて、甲斐族の人間にとったら、危険な場所なんだから」
「緋村、だから、私も言いましたよね?
人と人として付き合えば、仲良くなれるんじゃないかって。
戦いに行くんじゃないんだから」
「行くって言うんでしたら、私も行きます」
「そうね。佐助には来てもらうわ」
そして、私の人選どおり、犬塚と佐助だけを連れて、利馬主真雲天までやって来た。
裂土羅隠の岩山は急峻で、その高さは雲をも貫く高さである。そして、利馬主真雲天は
裂土羅隠の岩山よりも低く、なだらかな坂と言う風で、ここなら容易に人が行き来できそうではある。
そして、その坂は庚申山と呼ばれていて、時折、化け猫が出ると言う噂があるらしかった。