猿飼の城 奪還!
「ところで、佐助、こいつらはどこの忍びの者なのか分かる?」
「いえ、私には分かりません。
一つ言えるとしたら、私の伊香の里の者ではないと言う事です。
この顔は見た事ないですから」
「顔の半分を覆っているのに、よく分かるわね」
「えっ、えっ?
そ、それくらい、分かりますよ。
それより、どうやって、松さんを守りながら、三人の忍びの者を倒したんですか?」
「ただ、斬っただけよ。
弱かっただけなんじゃないの?」
「いや、そんな事はないと思うんですけど」
「何でそんな事はないと思うの?」
「えっ?
忍びでこんな場所に出てくるんですから、それなりの強者のはずです」
「そう言うものなの?
でも、私の敵じゃあなかったって事ね」
そんな会話をしている内に、緋村たちが戻って来た。緋村は私の血まみれの姿に動揺し、駆け寄って来た。
「りなさん、大丈夫ですか?
その血は?」
「大丈夫よ。
ただの返り血。どこも怪我をしていないわよ。
私の力、知ってるでしょ」
「りなさん、私とも手合わせしていただけませんか?」
いつもの事だけど、佐助が割って入って来た。
「いつもは胸の話で割って入って来るけど、今回は真っ当な話題ね。
どうして?」
「いえ、興味があります」
「私は興味ないので」
「いえ、そう言わずに」
「遠慮します」
「私は遠慮しません」
「いや、だから私は遠慮するって言ってるの」
なんてループに入りそうな会話を終わらせてくれたのは、松さんだった。
「みなさん、これから私はどうしたらいいでしょうか?」
「もっと多くの兵たちが集まって来たら、城を奪還しに行きましょう」
私の言葉に、松さんは力強く頷いた。
結局、その日の内には数千と言う兵が集まって来た。
その者たちが口にするのはやはり城の奪還だ。
明地はこの国の皇帝とは言え、庶民にとっては占領者としか映っていないのだろう。
私たちは次の朝に、軍を動かす事を決めた。
猿飼の軍は軍を率いる武将たちを失ってはいたが、足軽頭クラスは無事だったため、軍の再編成は容易だった。
あとは、それを率いるものとして、お飾り的な松さんを頂点に、緋村や八犬士たちを部将格に配置することにした。
「私は猿飼の松。
城門を開けなさい」
次の朝、日が昇り始めた頃、猿飼の城の前に松さんの声が響いた。
城門の上にある櫓から、見張りの兵が顔を覗かせた。
「松姫だぁ?」
初めてこの城を訪れた時と同じ反応を示したが、言葉はそこで止まり、青ざめた顔で中に姿を消した。
佐助の調べでは、この城には数多くの明地の旗が立てられているが、実際に中にいるのは溝小茂朝が率いる先遣隊として訪れた百人ほどの兵たちらしい。
「この場から立ち去れぇ。
我らは松姫の顔を知らぬ。
素性の分からぬ者に、城を渡せる訳なかろう」
そう言って櫓から顔を覗かせた武将風の男の横には、ずらりと弓を構えた兵が並んでいる。
「ならば、力で取り戻すまで!」
松さんのその言葉に緋村がにんまりとして、刀を振り払った。
あのかまいたちのような空気の歪みが、櫓に向かって行く。
「ぐぁぁぁ」
「うわぁぁぁ」
弓を構えた兵と武将風の男が悲鳴を上げながら、血しぶきを上げた。
「いつ見ても、凄いね」
私の言葉に、緋村はにんまりと返したかと思うと、背後の全軍に号令を出した。
「かかれぇ!」
「おぉっ!」
松さんの兵たちが城門に押し寄せる。
「佐助!」
私の言葉に頷くと、佐助は城の内側に姿を消し、城門を内側から開けた。
「突撃ぃ!」
緋村と八犬士たちが佐助が開けた城門から、城の中に入って行く。
一斬りの緋村、百裂槍の犬川が立ちふさがる敵兵の壁を一気に崩す。
犬塚、犬飼、犬田が剣を振りかざし、敵兵を狩って行く。
敵の防御の綻びを抜けて、松さんの兵たちが城の中に進んで行く。
城の中に敵兵に入られてしまった段階で籠城戦ではなくなる。しかも、城を守備する兵の数の方が少ない上に、こちらには緋村や八犬士と言う強者が揃っている。
城を制圧するのに時間は要さなかった。