忍び寄った刺客
「あれは私の、猿飼の兵でしょうか?」
私たちの所に向かって駆けてくる数人の兵に、松さんが少し興奮気味に言った。それはきっと、自分が姫であると言う立場を再び認識できた事と、自分の味方の存在に安堵感を得たからではないだろうか。
「たぶん」
私はそれだけ言うと目を閉じた。
私の父は言った。
人には視覚以外にも聴覚や嗅覚、肌で感じ取る感覚がある。
周りの変化は全ての感覚に刺激を与えている。
だが、目だけに頼りすぎると隠れた本当の動きを感じ取る事ができなくなる、と。
全神経を集中させ、私の体すべてで辺りの変化を感じ取る。
ピシッ!
そんな空気の振動を私の身体が感じ取った。
来た!
私の予想通り。
それはお堂の裏、上の方で起きた変化。
ミシッ、ミシッ。
その振動は上の方から、少しずつ近づいてくる。
目で見ている訳じゃないのに、その光景が脳裏に浮かぶ。
天井裏、こちらに近づいてくる者たち。
それは一人ではない。複数である。
手加減できる状況ではない。
私は犬王の剣の柄に手をかけた。
ズルッ!
松さんのほぼ真上付近の天井板がずれたのを感じたとほぼ同時に、そこから飛び出してくる人の気配を感じた。
犬王の剣を抜き去ると同時に目を開けた。
黒装束に身を包んだ男が刃を松さんに向けながら、飛び降りてきていた。
「てぇぇぇい!」
雄たけびを上げて、男に向かって行く。
予想外の反撃を感じ取った黒装束の男は一瞬、視線を私に向けはしたが、すぐに男の獲物である松さんに戻した。
男は自身の身を守るより、使命を優先させたらしい。
男の刃の切っ先が松さんの頭頂部に突き刺さった頃、私の犬王の剣が男の身体を真っ二つに斬り裂いた。
床の上に崩れ落ちようとする男の上半身の腕から、刀を奪うと、天井裏に潜んでいる男に向けて突き出す。
「ぐあっ!」
天井裏から、男の醜い悲鳴がした。
「犬飼さん、裏に回って!」
「承知」
天井裏から発せられる何者かの気配は松さんを葬った事と、私の反撃を受けた事で素早い撤退を決めたらしい。
侵入してきた裏側に向かって二つの気配が移動している。
犬飼の参戦で反転し、再びここに向かってこないとも限らない。
敵の動きに全神経を集中させる。
「ぐあっ!」
「この野郎」
天井裏の気配が消えたかと思うと、お堂の裏で悲鳴と怒声が起きた。
犬王の剣を構えたまま、表に飛び出す。
「ぐぅぅっ!」
それは全てが終わった合図でもあった。
「犬飼さん」
お堂の裏にはもう息が無いと思われる地面に横たわった一人の男だった物体と、のど元に刃の切っ先を犬飼に突きつけられたこれまた黒装束を纏った手負いの男がいた。
「犬飼さん、ありがとう。
これで私たちは疑問を解き明かす鍵を手に入れられたわね」
犬飼にそう言うと、私は視線を手負いの男に向けた。
「あなたたち忍びだよね?
どこの忍び?」
私の言葉に、男は何も語ろうとせず、顔を横に向けた。
「正直に答えないと、首を斬りおとすぞ!」
犬飼の恫喝に男は睨み返す事で、答える意思はないと答えた。
「あなたを雇っているのは誰なの?」
今度は私を睨み付けたかと思うと、にんまりと微笑んだ。
そして、口から血を垂らして、頭を垂れた。
「しまった。
自害された」
「犬飼さん、本当に死んでいるか、確かめてくれない?」
「分かりました」
犬飼が男の死を確かめる間、男の首元に犬王の剣の切っ先を向けたまま万が一に備える。
「死んでいます」
「仕方ないわね」
その頃、お堂には松姫の下に参陣しようとする兵たちが集まり始めていた。