戦の跡
松さんの城だと言うのに、中にいるのはどうやら明地の兵ばかりっぽくて、城門も開けてくれそうにない。
「松さん、猿飼の兵たちはどこに行ったんでしょうかねぇ?」
「四公との戦いで壊滅したと言う可能性もあるんじゃないですか?」
緋村の言った言葉は論理的で問題とは言えないけど、松さんの前で言う事じゃない。
松さんは兄が討たれたと言う悲しい出来事に、ずっと堪えていたんだと思う。それが緋村の一言でダムが溜めた水の圧力に耐え切れず決壊するように、心に溜めていた悲しさの圧力に耐え切れず、松さんの心は決壊してしまった。
松さんが崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
「わぁぁぁぁん、お兄様ぁぁぁ」
かける言葉は見当たらない。肩を抱いて、横に黙って寄り添う。
どれだけ時が流れたのか、分からない。泣きじゃくっていた松さんが落ち着きを取り戻し始めた。
「ごめんなさい。
私」
「ううん。いいよ」
そう言いながら、私の涙腺も緩んでいた。
私が突然亡くなった事で、私の家族もきっと松さんのように悲しんでくれているに違いない。
申し訳なくて仕方がない。
誰にも悲しい思いをさせたくはない。
家族を、友人を、知人を失う悲しさ。それを他人にも向けられたら、戦なんてものも無くなるんだろうけど。
「りなさん、どうしたんです?」
「緋村、麒麟を呼ぶよ!」
「麒麟?」
突然の私の宣言に、緋村だけでなく佐助や八犬士たちも驚いた顔を私に向けた。
「まずはここで何が起きたのか、どうしてこの城を明地の兵が占拠しているのかを調べるよ!
それにはそうねぇ。戦があった場所に行ってみましょう。
現場百回! です」
そして、私たちは猿飼の軍勢が四公との戦いに備え、集結していたと言われている場所に向かった。
そこは裂土羅隠と呼ばれる四公の地と私たちの地を隔てる巨大な岩の壁の前に広がる平原だ。
「あの岩の壁がぐるりと四公の地を取り囲んでいるんです」
緋村が目の前に巨大な壁のように広がる岩の山を差して言った。
「取り囲んでいるの? 真っすぐな壁と言うより、確かに見た感じ円を描いているみたいだけど」
「そうです。
広大な岩の壁が円状に連なっていて、その中の平地に猿族、つまり四公の民族が暮らしているのです」
「あれって、つまり昔々にできた火口の跡か、隕石衝突の跡なんじゃない?
ラインじゃなくて、サークルだね」
「うん? 言葉が分からないんですが」
「緋村、まあ、それは置いておいて。
つまり、あの向こうが新世界ってことね?」
「ええ。
猿族の地、申世界です」
「なるほど。
で、この平原の先に岩の切れ目があるけど、あれって、もしかして新世界に向かう入り口 リバース○ウンテン?」
「よくご存じでしたね。唯一の出入り口 利馬主真雲天です」
「は、ははは。
この世界の固有名詞のパターンは私、習得済みだから!」
ちょっと胸を逸らし気味に威張ってみる。
「りなさん、いくら胸を突き出しても、無いものは無いんですから」
「佐助は黙ってなさい!
で、唯一の出入り口の前で、猿飼の軍は四公たちを待ち構えた訳ですね」
「はい。だと思います。
ですが、何か変じゃないですか?」
「緋村殿の申す通り、この戦場は何か変です」
緋村と犬塚が感じたそのおかしなところを見つけようと、私も辺りを見渡してみた。
原っぱに転がる多くの旗指物。色は黄色で本王寺で見た四公の旗とは違っているし、明地のものでもない。とすると、あれは松さんの家の旗。
戦があって、松さんの家が負けたのは明らか。
「何が変なの?
私には分からないんだけど」
「りなさん。
多くの人が死んだと言う感じじゃなくないですか?
死骸の残骸も無ければ、その痕跡もない。
誰かが葬ったのなら、近くに塚があったりするものですが、それもない。
しかも、散乱している旗指物に血痕も見えない」
犬塚が言った。
「つまり、松さんの家の兵のほとんどは死んでいないって事?」
私の言葉に犬塚が静かに頷いた。