水色貴蝶の旗
小山御坊に一度戻った私たちは明地が約束を守り、民の生活再建が進んでいる事を確認すると、松さんを連れて再び猿飼の地を目指して旅立った。
そして、約半月。芝田の領内から丹葉の領内を経て、猿飼の地に来ていた。
ここまで見た感じでは、この国は確かに疲弊している。
突然意識が覚醒した私はもちろん、ずっと城の中で育ってきた松さんもこの状況は衝撃的だったらしく、自国の状況を知りたいとしきりに言っていた。
そして、自国の領内は明地領内より、芝田領内ほどではないにしても、そちらに近い状況である事に衝撃を受けている。
「私は城の外の事を全く知りませんでした。
こんな事になっている原因は何なのでしょうか?」
「おそらく、猿飼様の地は四公を抑える要ゆえ、芝田殿と同じく軍備にお力を注がれているからでしょう」
答えを持たない私に代わって、緋村が答えた。
「では、地理的な条件だけで、私の地の民は不利益を甘受しなければならないと言うことでしょうか」
「それは致し方ない事でしょうね」
「ちょっと、緋村、それは変だと思うんだよね。
この国を守るんだから、負荷は全ての領国で負担しなきゃ。
それにその前に、四公との関係を建てなおすと言うのも必要だと思うんだよね。
松さんを城まで送り届けたら、四公の地に行ってようと思うんだけど」
「私どもはいずこの地へもお供いたします」
最初に答えたのは八犬士たちで、反論したのは佐助だ。
「いや、あんたたち軽く言うけど、四公の地では私たちは敵視されるんだからね。
分かってる?」
「われらがお守りいたします故、問題無き事では?」
「佐助、そう言う事だから、行きましょう」
そんな会話を交わしている内に、私たちは松さんの城までやって来ていた。
「りなさん、私の城が見えてきました!」
「戻って来たね」
そう言って、視線を向けた先には大規模な砦風な平城があって、城の中には水色の旗がはためいている。
「あれ?」
「あれ?」
私と松さんがほぼ同時に声を上げた。
私は猿飼の旗印は知らない。でも、その水色の旗には見覚えがあった。水色貴蝶、明地の旗だ。
「松さんの家の旗印は?」
「私の家の旗印は見えません」
「松さんの家の城なのに?」
なぜそこに水色貴蝶の旗だけが立ち並んでいるのか分からないまま、私たちは城門の前までやって来た。
大きな木で出来た城門は固く閉ざされ、門番も立ってはいない。
「すみませーん。
松姫が戻られたので開けて欲しいんですけど」
返事がない。
もう一度、今度は大声で叫んでみた。
「すみませぇぇぇん。
松姫が、戻られたので、開けて欲しいんですけどぉぉぉ」
「なんだぁ」
城門の上にある櫓から男が顔を出して言った。
「ここの松姫様が戻られましたので、開門してください」
「松姫だぁ?
俺たちが松姫の顔を知る訳無いだろ。
訳の分からん奴のため、門を開けられるか!」
そう言い終えると、男は顔を引っ込めた。
「どうしますか?
強行突破しますか?」
「そうねぇ。
犬飼さん、明地剣史郎の幻を彼らに見せて、門を開けられないかしら?」
「すみません。
私は明地剣史郎の顔を知らないので」
「うーん。こんな感じかなぁ」
そう言いながら、私は地面に指で顔を描いてみた。
「ははは。
りなさん、偽の姫さんよりも人間じゃないですよ。それ」
「ブーッ」
自分でも絵心があるとは思ってはいないけど、そこまで言われるとふくれたくもなる。