二つの影
某所にて。
ろうそくの灯が消された部屋の中は、三日月が放つ弱々しい光だけが二人の男の影を板でできた床に映し出している。
「芝田様はすでに例のものを手に入れられましたが、今のところ、植杉に手いっぱいで動く気配はありませぬ。
四公の戦準備は万端と言ったところで、主だった将を失っている猿飼では敵にはなりますまい。いつでも、猿飼の領地を席捲できる状態にあります。
以上が現在の諸将の状況でございます」
「あい分かった。
今の報告にて、諸将の状況は分かったが、もう一つの気がかりである想定外だった姫の動きだが、こちらの状況はどのようになっておる?」
「はい。変わりなく猿飼の地へと向かっております」
「猿飼の地とは面倒な事よのう。
しかも、今の姫の行動力を考えると、四公の地までも行くやも知れぬ」
「四公の地に向かった場合の対応も準備しておきます」
「うむ、任せたぞ。
して、八犬士はどうなっておる?」
「はい。すでに四人の八犬士を見出されております」
「すでに四人を見出されたか。
この調子で行けば、八犬士も意外と早く揃うやも知れぬなぁ。
しかし、犬王の力と言い、伝説だと思うておったが、本当にそのような者たちがおったとは、正直驚きじゃ」
「はい。
あの力を手に入れれば、もはやこの国内にはもちろん、周辺国も逆らう者は出てきますまい。
姫ご自身を除いて」
「そこじゃ。
一番の気がかりは。
姫は先帝を弑逆された事をどう受け取っておられるのやら」
「八犬士たちを集めてはおられますが、かたき討ちに燃えていると言う気配は感じられませぬ」
「ふむ。
あの姫は先帝とそりが合っておられなかったからかも知れぬ」
「と言いますか、ほぼ精神的に病んでおられ、ふさぎ込んだ日々を送っておられたはずなんですが、今はそのような事は無かったかのようで」
「重しとなっていた先帝が亡くなられた事で、気が楽になったと言うことであろうか。
そう言えば、剣術の腕もかなりだと言うではないか。
あの姫様が剣術を習われていたなどとは聞いたことも無かったのだが。
まるで別人のようではないか」
「犬王の剣の力もお使いになれるようになられましたしなぁ。
犬王の力の覚醒の一つなのやも知れませぬ。
いずれにしましても、姫様は我らの側に付けねばなりませぬ」
「分かっておるわ。
だが、時は熟しておらぬ。
いつやるか、今じゃない!
姫様が八犬士を揃えた時、そこで全てが動くよう手配いたせ。
その時こそ、時は今じゃ」
「ははっ」
そう言い残して、影の一つは闇に消えて行った。