四人の八犬士
布団に寝かされた犬塚信乃。
その横で緋村が汲んできた桶の冷たい水で冷やした手ぬぐいを犬塚の額に置こうとしていた。
「りなさん、その人が犬飼さんですか?」
「ううん。こちらは犬田小文吾さん。
説明は後。
犬田さん、お願いします」
そう言って、犬田さんに頭を下げた。
治癒の異能なんて、信じられない。
そんなもので病気や怪我が治るなんて。
でも、こっちの世界で犬王の存在、その力、そして村雨の力を見て来ているだけに、その存在は事実だ。
「分かりました」
そう言って、布団の中で横たわっている犬塚の横に犬田は座ると、両手を犬塚の身体の上に差し出した。
ハンドパワー? それはマジックか……。
犬田が手をかざして、数秒後には異変が現れた。
荒れていた息が静かになって行く。
うなされて発していたうめき声も鳴りを潜めた。
「りなさん、これはどう言う状況なんですか?」
犬飼を連れて戻って来た佐助が言った。
「ここにもう一人八犬士がいて、こちら犬田小文吾さんなんだけど、治癒の力を持っていたので、犬塚さんを治してもらっているの」
「そんな事って、あるんですね」
「そうなの」
犬塚の容態が見る見るよくなっているので、私の気はかなり楽になっていた。
改めて、新しい八犬士に視線を向けた。
犬塚を治そうと、真剣な表情の犬田。がたいは大きいが、顔立ちは繊細。横顔を見つめているのも気づかないくらい一生懸命犬塚の治療に当たっている。
いい、いい、すっごくいいよ。
そして、視線を犬飼に移した。
太い眉、もみあげが顎近くまであって、毛深い感があるけど、輪郭と言いそこに付いているパーツのバランスと言い、文句なし。
とは言え、この人たち、私を主と思っているらしく、「君、かわいいね」なんて、甘く囁いてきたりしそうにない。うーん、逆ハーとはちょっと遠いか? なんて、首を傾げた時、犬塚の声が耳に届いた。
「りなさん、ここはどこでしょうか?
私はどうなっていたのですか?」
布団の上で上半身を起こして、私を見つめていた。
「よかったぁ。
治ったんだぁ」
犬塚に飛びついて、ぎゅって抱きしめた。
「ありがとう。
犬田さん」
そう言って、今度は犬田をぎゅって、抱きしめた。
「りなさん、それは何ですか?」
「えっ?
言わなかったっけ?
治癒の力だって。
こんなに効果あるなんて、驚きだよねぇ」
「ああ、そうですか」
緋村はなんだか不機嫌そうだけど、犬塚の怪我が治った事が不満と言う訳じゃないはずだし、なんで不機嫌そうなのか分からない。
「ともかくだよ。
これで八犬士が四人そろった訳だし、意外と早く全員揃うかもね」
私はそんな緋村ににこりと微笑みながら言ったけど、緋村は微笑み返してくれもせず、目を逸らしただけだった。
「そうそう。りなさん、さっき聞いたんですが、この近くの旅籠に本王寺で殺されたはずの里見の浜路姫が隠れているっていう噂があるそうです」
佐助が語ったその話は、緋村の事以上に気になるものだった。