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ひん死の犬塚信乃

 残存する芝田の部隊の大半は私たちの解散の勧告に従い、兵たちを解放し、それぞれの村に返し始めた。

 ただ、頑として私たちの要求を拒む者たちもいる。実際のところ、兵たちは厭戦気分に満ちており、彼らを率いて戦いの継続を唱えている将や侍たちを取り除けば、兵たちは軍と言うものから、自然と離れて行く。

 そのため、犬塚や犬川と佐助が未だ戦いを継続しようとしている各地の砦や小城を回っている。

 佐助はもっぱら情報操作と潜入に腕を振るっていて、いざ戦となると犬塚と犬川が出番となっている。

 そして、私はと言うと、明地領から運び込まれてくる兵糧の配分と運送の手配を松さんと共に行っている。

 

「りなさん、大変です」

 

 地図上に書き込んだ村々の人口の数値を見ながら、さっき届いた兵糧をどこにどれだけ配ろうかと考えていた私の耳に、そんな声が届けられた。

 顔を上げると、犬川が息を切らせ立っていた。


「どうしたんですか?」


 どこかで戦に負け、今姿が見えない佐助や、犬塚の身に何かがあった?

 そんな不安に犬川の所まで、走り寄った。


「私たちの人相書きが配られているのはご存じだと思います」


 ここのところ、犬塚と犬川、緋村の人相書きが貼りだされている事は知っていた。とは言え、ここではすでに権力者側の統治はほぼ崩壊していて、何の役にもなさぬものと考えていた。

 私が頷くと、犬川が言葉を続けた。


「ここより北の地にあります芳流閣と言う場所で、犬飼現八なる追手と遭遇しました。

 この男、八犬士の一人に違いあらず、殺す訳にも行かず戦っている内に犬塚殿は犬飼と共に刃根川とねがわに転落し、流されて行きました」

「それで?」

「今、佐助が二人の流れて行った先を探しております。

 ですが、犬飼は犬塚殿を捕まえようとしており、このままではふたたび流れ着いた先で二人の戦いが始まってしまいます。

 早急にりなさんに来ていただき、犬飼現八を八犬士として覚醒させていただきとうございます」

「分かった。

 すぐに行きましょう。

 その刃根川に案内して」



 利根川に向かう私の前に佐助が現れた。


「りなさん、犬塚さんは業徳ぎょうとくの旅籠にいるのですが、怪我がひどく生死の境をさ迷っています。

 私に付いてきてください」

「分かりました。

 で、もう一人の犬飼と言う人は?」

「その者も同じ場所におります。

 暴れる恐れがありましたので、今は縄で縛って拘束しています」

「分かりました。

 とにかく急ぎましょう」



 それから、私は息が続く限り走り続けた。

 時計が無いので、一体どれくらい走ったのかは分からない。ただ、私が業徳の犬塚が寝かされていると言う旅籠にたどり着いた時、空に輝く太陽は中天を越え、かなり傾いた位置にまで移動していた。


 犬塚は布団の中で寝かされていた。

 犬塚の息は粗く、汗にまみれ、時折うなされ、意識があると言う状況ではなかった。


「しっかりして!」


 私は医者でもないし、最新の薬がある訳でもない。

 何かできる事を。そんな思いで、額に置かれている手ぬぐいに手を当てると、すでに温かくなっている。手ぬぐいを布団の横にある桶に付ける。

 すでに水はぬるい。と言うか、これが限界?

 井戸や川からの汲みたてならもう少し冷たいかも。


「水はどこから?」

「川の水です」

「水、汲んで来る」

「りなさん、それは私に任せてください」


 緋村はそう言うと私が手にしていた桶を奪って行った。

 意識も無く苦しんでいる犬塚の姿を見ていると、心配で、心配で仕方ない。だと言うのに、何もできる事がない。

 混乱する思考回路。そんな私の頭の中に、一つの策が思い浮かんだ。


「そうだ。

 犬王の剣だ!

 佐助、もうあれから一か月近いよね」

「確かにそうですね」

「なら」


 そう言って、犬王の剣の柄に手をかけた私の手首を佐助が持って止めた。


「なんで、止めるの?」

「神頼み。ですよね。

 だったら、他にもしてみる価値のある物があるんじゃないですか?」


 佐助の言っている意味は、私には分からなかった。

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