小山御坊
決して、小山御坊の宗教に心酔している訳じゃない犬川が一揆衆に加担していた理由は、困窮する民の救済。
小山御坊周辺から芝田の兵たちを追い払ったとは言え、それだけで民の生活が救われる訳じゃない。
彼らの生活再建が必要で、そのための行動を起こすため、私たちは小山御坊を訪れた。
薄暗い本堂。
巨大な阿弥陀如来を背に、私たちと向き合っているのは下妻蓮崇を中心とした僧侶たち。
「あなたたちが言うとおり、この国の村々は疲弊しており、民には帰る場所が無いのが実情。
それゆえ、民は自らこの場にいるのであって、我々が引き止め、戦に利用してる訳ではないのですよ」
「その事には理解しています。
ですが、ここの籠っていても、事態はよくなりません」
「りなさんとやら、しかし、村々に戻っても田畑には何も育っておらず、民は飢えるだけでしょう」
「そのための策があります。
まず芝田の兵を解体します。
と言いますか、芝田の多くの武将は越国との戦いに参陣していて不在。ここに残っていた将の大半は今回の戦いで討ち取っています。
まだ生き残っている侍たちには私たちから、兵を解放するよう圧力を掛け、兵たちに自分たちの村に戻るように促します」
「兵たちも同じです。すでに村は荒れ果て、戻っても食べるものが無いと分かっていますから、部隊を離れようとはしないでしょう」
「そこもちゃんと手当てするよう考えています。
まず、当面の食料ですが、隣国の明地領より備蓄していた兵糧米を分けてもらいます。
そして、来春田畑に作物を植えるための種も分けてもらいます」
「本当ですか?
なら、みんなも安心して村に帰って、村の再建ができるかも知れない」
「下妻様、しかし、芝田が兵を引き連れて戻って来たり、彼の家臣を派遣してきて、結局元の木阿弥と言う事もあるのではないでしょうか?」
下妻の横に座っている僧が言った。
「そこは明地様が芝田に越国との戦いに専念するよう命じると共に、その間の領国を芝田に代わって一揆を終わらせ、運営も行うと話をすることになっています」
「確かに、それなら。
ですが、芝田はうんと言いますか?」
「佐助、芝田の戦況を報告して」
「はい、りなさん。
芝田は我が国に侵攻して来た越国を追い払い、そのまま越国討伐のため、越国内に侵攻しましたが、越国王 植杉謙信の反撃にあい、戦線は硬直状態です。
退却の気配を見せれば背後から追撃を受け、甚大な被害を出す事が明白なため、芝田は引くに引けないにらみ合いの状態に陥っています。
そして、越国との戦いで多くの兵を失っている事を考慮すると、今、新陛下となられた明地様に否と言う事はありえません」
「なるほど。としますと、後は明地様が約束をお守りになるかどうかです」
「明地の領内では民が平穏に暮らしているのをご存じでしょうか?」
「葉芝様の領内もそうです。
芝田様をはじめとした一部の将軍の領国がこのような状況なのです」
私の言葉に佐助が付け加えた。
「存じております。
信者はこの国全土におりまするゆえ。
それだけに、この国の民の不満は爆発したのです」
「でしたら、明地を信じてみませんか」
その言葉は私自身にも向けている。
本当に明地に国を任せてもいいのかどうか。
「それに、もし、明地様が約定を破るような事があれば、私たちが何とかします。
この話を持ち掛けたのは私たちですから。
ねっ、りなさん」
「あなたたちは何者なんですか?」
「あそこにおられます、りなさんは本当は亡き先帝のご息女 浜路姫様です」
佐助が余計な事を言った。これで、私が生きていると言う事が他に漏れる可能性が出て来ただけでなく、この国のこの事態の責任が私のものとなった。
「それはまことですか?
浜路姫様は本王寺を襲った四公の手で殺害されたと聞いていましたが」
「この事は決して口外しないでください。
私は浜路姫です。猿飼殿のご息女 松様を領国にお連れする途中なのです」
そう言い終えると、犬王の剣を彼らの目に映る場所に置いた。
「おおっ!
一度拝見した事があります。
これはまさしく、犬王の剣。
すでに八つの玉の内、二つの玉が消え去っていると言う事は、二人の八犬士をお連れになっていると言う事ですね」
「そうです」
そう頷いてみせたけど、犬王の剣の鞘の八つの玉の話は、こんな人でも知っている事だったんだと少し動揺していた。