当たり前田の……
佐助の作戦に従えば、緋村たちが敵本陣に奇襲をかけ、佐熊、そうこれも字が違うかったけど、その佐熊を討ち取る。ただ、大将を討ち取ったとしても、佐熊の配下の武将たちがそれぞれの部隊を率いているため、そのまま撤退となるとは限らない。と言うか、そもそもここが彼らの本拠地であって、撤退する場所などないんだけど。
そこで、前田違いの前多犬千代たちの部隊がことさら大げさに自分たちが劣勢だと言う事を吹聴しながら、撤退を始める。それに呼応し、他の部隊に紛れ込ませている前多の配下たちが負け戦だ、撤退だと部隊の中で喚き声を上げ、部隊の動揺を誘うと、撤退を始める部隊や、部隊を抜け逃走し始める兵が出始める。
それを見た他の部隊はさらに不安に駆られ、次々に撤退を始める。
と言うもので、前田利家が撤退を始めた事で総崩れになると言うどこかで聞いた戦の展開に似ていて、勝てそうな気がしてしまう。
この作戦も私と松さんは待機組で、戦況をただ眺めているだけ。
そして、作戦は始まった。
この戦も始まりは一揆衆に任されていて、小山御坊の中側から弓による攻撃で戦端の火ぶたが切って落とされた。
双方の陣太鼓、ほら貝も鳴り響き、芝田側の本格的な攻城戦が始まった。
本陣の前に何重にも配置されていた部隊のいくつかが小山御坊に向かって前進を始め、本陣前に残っている部隊との距離が空いた時だった、本陣側面の部隊が崩れ始めた。
無防備だった側面を緋村の一斬りの技が襲っていた。
緋村の本気の一斬りの技。本王寺の時は動転していたし、盗賊たちに放った時は手加減していたので、ここまでの威力とは知っていなかった。一振りで十人以上は倒れている。
側面からの敵に気づいた芝田の兵たちが、緋村に向かおうとした時、本陣の背後に襲い掛かったのが犬川だった。
槍の達人 犬川の技は百裂槍。何とかの拳の百○拳ばりに、高速に突き出す槍で、一瞬にして、何人もの敵を串刺しにする事ができるらしい。
向かって来た兵たちにその技を放つと、十人ほどが一度に血反吐を吐き倒れ込んだ。
一瞬の早業に敵兵の足が止まった。
そこに犬塚が斬りこむ。
何人もの目の前の敵を一瞬に葬る事ができる緋村や犬川の前に近寄る命知らずな兵はおらず、完全に浮足立っている。立場上、または自身の名誉を汚さないため逃げる事が許されない侍や将だけが、彼らに向かって行く。
そして、一斬りと百裂槍の餌食となり、この世を去る。
部隊を率いる将を失った兵たちは、もはや緋村たちと戦う気持ちなど無くしていて、逃げ出すきっかけだけを待ち、後ずさりして距離を空けて行っている。
そのきっかけを作るのが前多犬千代たちの仕事だ。
「もうだめだ。
持ちこたえられない」
「逃げろぅぅ」
「うわぁぁぁ。助けてくれぇぇ」
私の所までは届かないが、そんな声を上げながら、持ち場を離れ出している。すると、逃げ出したくて仕方なかった兵たちが我先にと争って逃げ出し始めた。
混乱に陥った本陣奥深に緋村たちが斬り込み、大将佐熊の首を上げた。
「佐熊盛政、討ち取ったりぃぃぃ」
総崩れ寸前だった芝田の軍勢は、その言葉で一気に瓦解した。
雪崩を打って、戦場から離脱する兵たち。
その様子に松さんが安堵の表情で、話しかけて来た。
「りなさん、敵の首を上げたみたいですね」
「みたいですね。
うーん、さすがは前多だぁ。
まあ、元々予想はついていたんだけどね。
あたり前多のクラッシャーってね。
あ、言っておくけど、私、噂で聞いただけで、生でクラッカーの方を知っているほどの年じゃないので」
「りなさん、佐助さんがよく言っていますけど、時々話が見えないです」
「ごめんね。
じゃあ、とりあえず、小山御坊を包囲している兵を敗走させたので、次の作戦に移りますか」
そう言うと、私は松さんを連れ、小山御坊を目指し始めた。