浮かんだヤバい光景
村雨の技が生み出した大雨で、私たちの場所から戦場の様子は全く見えない。
「そもそもこうなるって予想できてたんだから、傘用意しておけばよかったよぅ」
全身から滴り落ちる雨水まみれの状態で、私はそう嘆きながら、今回の作戦が終わるのを待つ。
やがて、空を覆っていた黒い雨雲が薄らぎ、雲の切れ間から薄日が差し込み始めると、視界を遮っていたどしゃぶりの雨が小降りになってきた。
雨が降り出す前、縄に縛られていた犬川がいた場所には、犬川はもちろん立っている人影は無く、倒れた兵たちが地面を埋め尽くしている。
小山御坊の門を開き、打って出たはずの一揆衆は戦わずに引き返していて、そこに人影はない。ただ、そこに攻め寄せようとしていた芝田側の兵たちの姿が門から離れた場所で密集していた。
「無事、犬川さんは奪取したみたいだね」
「りなさん、無事皆さん、戻って来られますでしょうか?」
「ここから見た感じでは、争いが起きている場所は無いから、土砂降りの雨で敵の視界を奪っている間に囲いは突破したんじゃないかな。
まあ、すでに取り押さえられてるって事も無い訳じゃないけど」
「りなさん、誰が誰に取り押さえられてる心配をされているんですかねぇ」
背後から緋村の声がした。
そこには、緋村、犬塚、佐助、そしてもう一人見知らぬ男の顔があった。
「おおぉぉっ」
その男の顔を見た時、思わずそんな声が漏れてしまった。細面に通った鼻筋、大きな目の目じりはほどよく下がり気味で、甘いマスクのイケメン。
なんて、思っていると、犬塚の時と同じく、犬王の剣の鞘にある玉の一つが輝き始めた。
玉の中央に浮かび上がっているのは”義”。
その玉は犬王の剣の鞘から離れ、犬川荘助の額に向かって飛んで行った。
「わぉぉぉぉぉぉん!」
雄たけびを上げたかと、思うと私の前まで進み出て跪いた。
「姫様、私、犬川荘助、姫様のため一命を捧げる所存であります」
「これから、よろしくね」
そう言って差し出した私の右手を犬川は両手で包み込み、頭を下げた。
「これはもしかして、逆ハー世界も可能かも」
思わず声に出してしまった私の心の声に佐助が反応した。
「りなさん、またその言葉ですか?
そんな意味不明な事より、ここで芝田の兵を解散させましょう。
そのために前多たちを兵たちに紛れ込ませているんですし、一揆衆の大将ともそう話をして協力してもらっているんですから」
「兵たちに紛れ込ませている前田?
前田って、誰?」
「そう言えば、りなさんには言ってませんでしたっけ?
あの盗賊たちの親分格の男の名は前多犬千代って言うんですよ」
「前田犬千代?
それを芝田の軍勢に送り込んだの?
どこかで聞いた展開になるかも。
ちなみに、相手の大将は誰なの?
芝田がここにはいないんだから、佐々成正とか?」
「りなさんが、芝田様の武将 左雨成正の名をご存じだったとは驚きです。
ですが、ここの大将は佐熊盛政殿です」
「佐久間盛政?
うーん、聞いた事のある名の武将が多い気が……。
あっ!
もしかして、明地と一緒にいた秀満って、明地秀満?」
「そうですよ」
「じゃあさ、明地光秀ってのはいないの?」
「そのような方の名は聞いたことがありません」
「じゃあ、明地光秀はいなくて、明地の当主は剣史郎なのね?」
「そうですよ」
私の頭の中に何か、ヤバい光景が浮かんできた。
大男が天に拳を突き上げ、”わが○○に一片の悔い無し!”と声を上げる。
「それヤバいよ。ヤバいよ。
あいつは剣史郎で、私は犬王。
あそこで明地を斬っておけばよかったかも」
「りなさん。いつもの事ながら、話が飛んでますけど、明地を倒す機会はこれから出てきますよ」
「いや、倒せるはずで挑んで、相討ちだったり、負けたりするのよ。
人生って、そんなものなのよ」
「姫様、お話の途中ではありますが、私からもお願いさせていただきます。
一揆の者たちを救っていただけませんでしょうか?」
元々一揆衆が仲間だった犬川が割って入って来た。