異能 村雨
捕えた犬川は縄で縛られた姿で町中を引き回された後、処刑場に連行される事になっている。
佐助が言うには、芝田側の意図は二つ。
一つは一揆側の英雄的な存在である犬川の無様な姿を世間に知らしめることで、一揆衆の士気を落とすと共に、一揆に加わった者の末路を見せつける事でこれ以上民が一揆衆に加わるのを防ぐ事。
そして、もう一つは犬川奪還のため一揆衆が、立て籠もっている小山御坊と言う巨大寺院から打って出てくる事を誘っているのだそうだ。
戦いの素人である一揆衆とは言え、立て籠もる者たちを相手にするのは容易ではない。しかし、打って出てくれば戦いのプロである軍の手にかかれば、殲滅する事もたやすいと言う事らしいかった。
私と松さん以外はすでに戦いのため、それぞれの持ち場に向かった。
一方、私はと言うと、多勢に無勢の戦いで峰うちなんて通用するはずもなく、またまだ人間を斬ると言う覚悟ができていないため、この作戦に戦力として加えてもらっておらず、そもそもの戦力外である松さんと共に少し小高い丘で事の顛末を見ている。
犬川の処刑場は私たちが立つ丘から少し離れたやはり小高い丘で、すでに磔の準備が整っている。その丘をぐるりと芝田の兵が取り囲んでいて、さらにそれを二重に取り囲むように離れた位置にも兵士たちが配置されている。
一方の一揆衆たちが立て籠もる小山御坊も一望することができる。小山御坊は平地に建てられていて、丘の上の磔の様子は見える場所に位置しているのだが、きっと一揆衆たちからは丘を二重に取り囲む兵の様子は見えていないに違いない。
「大丈夫なんでしょうか」
隣の松さんが不安そうに言った。
「まあ、やるしかないですし」
そう、八犬士を死なせる訳にはいかない。それに佐助は勝算ありらしいし。
「さっきから見ていると、お前たちはここで何をやっている。
ちょっと来てもらおうか」
どうやら、一揆衆の斥候を探索するために放たれた兵たちが、処刑場の丘をじっと見つめる私たちに疑いをもったらしい。だと言うのに、丘の様子に気を取られ過ぎていた私は、その兵たちが近づいて来ている事に気づいていなかった。
兵たちは槍を手に私たちを取り囲んだ。
「そこの若侍、
お前本当は侍ではないだろう」
「な、な、何を言う。
俺は侍だ」
「その胸の膨らみはなんだ!
お前は女だろ」
隠しても隠しきれない松さんの胸が悪い!
なんて思っている内に兵たちの視線は私の胸を一瞥し、再び松さんの胸に向かい、口元を緩めている。
「俺が確かめてやる」
いやらしい笑みを浮かべ、いやらしい手つきで松さんに近づいて行く。
「成敗!」
そう言いながら、兵たちの槍をかいくぐり、抜き去った犬王の剣で松さんに迫ろうとしていた兵の腹部に峰うちを食らわす。
そのまま、取り囲んでいた兵たちを打ち据える。
私の反撃を予想していなかった兵たちを片付けるのに時間は要らなかった。
地面に倒れ込み、苦痛に歪んだ顔でうめき声をあげる兵たち。
「松さん、逃げるよ」
とりあえず、この場から離れる。
私の注意が丘から逸れていた間に、町中を縄に縛られた姿で引き回された犬川が丘の麓にたどり着いていて、作戦の始まりの時がおとずれていた。
「うぉぉぉ」
小山御坊から大きな喚声が沸き起こり、開いた門から大勢の者たちが飛び出して来た。
丘を取り囲んでいた外側の兵たちが、打って出て来た一揆衆を取り囲んで一気に叩こうと動き始めた。
処刑場の外側の敵戦力が薄くなり、一揆衆と兵たちの戦端が間もなく開かれる時、さっきまで晴れていた青空を突如沸き起こった真っ黒な雨雲が覆いつくし、大粒の雨を地面に叩きつけ始めた。
八犬士たちはそれぞれ人間の能力を超越した力を持っているとの事で、犬塚の場合、それは村雨と言う水を自由に操る力だった。
犬塚が放った村雨の技は、辺りの者たちの視界を一気に奪っただけでなく、その雨音が辺りの音さえもかき消して行った。