新たな八犬士の気配
一斬りと異名を持つ緋村が放ったかまいたちのような技は盗賊たちの端に立っていた5人ほどの男たちの腹部を切り裂いた。
「こ、こ、これは?」
「こんなに離れているのに?」
「一度に何人も……」
緋村の刀の間合いの外にいたにも関わらず、血しぶきを噴き上げ倒れる仲間たちの姿に盗賊たちは完全に戦意を失い、青ざめた顔で立ちすくんでいる。
圧倒的な力の差を見せつけ、相手の戦意を挫くことで犠牲を最小限にする。そう考えた私の作戦は大成功に違いない。
にまっとしたほほえみを浮かべ、盗賊たちに退散するよう命じようとした時だった。男たちの表情が変わった。
「も、もしやあなたは一斬りの緋村将軍ですか!」
盗賊たちの表情は一転して、何だか高揚気味だ。
その言葉に緋村が頷くと、男たちはさらに興奮し始めた。
「緋村様、お会いできて光栄です」
「ぜひ、私たちを配下にお加えください」
「佐助、緋村に仲間が倒されたばかりだと言うのに、こいつらは何を言っているの?
倒れている仲間の事を忘れるくらい、緋村に会った事が大きな出来事って事?
緋村ってそんなに有名なの?」
「もちろんですよ。
それにこう言った盗賊たちって、実は軍を脱走した者たちだったりするんですよ。
兵役に就いていた者なら、なおさらです。
常勝将軍ですからね」
「一気に敵を片付けてくれる便利屋さんくらいにしか、考えていなかったよ」
「それにイケメンですよね」
「松さん、明地様との関係に差し障りがある発言かと」
「りなさん、こいつらどうします?」
盗賊たちに慕われてしまった緋村がたずねてきた。
「そうねぇ。
使い道あるの?」
「あると思いますよ」
そう返して来たのは佐助だった。佐助は私の言葉を待たず、盗賊たちに話しかけ始めた。
「みなさん、元々はここの芝田の兵だったんですよね?」
「そうだ」
「みんなそうだ」
「言いにくい事だが、逃げて来たんだ。
死を恐れぬ一揆衆を相手に戦ってたら、命がいくつあっても足りない」
盗賊たちが口々に元は兵だと言っている。
「緋村、芝田って一揆に悩まされているみたいだったけど、死を恐れないの?」
「宗教を背負った一揆ですからねぇ。
神のために戦って死ぬと神の導きによって天国に導かれると信じているんですよ。
現世に絶望していますから、死後に救いを求めているんですよ」
「りなさん。
そうなんですが、重要なのはここからです。
一揆衆に加担し、芝田軍の陣代を殺害し、捕らえられた者がいます。
その者の処刑が近々に行われるのですが、その者の名が犬川荘助と言います。
八犬士の一人と言う可能性があるのではないかと考えています。
犬塚さん、何か感じませんか?」
「私は八犬士を感じる事ができます。
佐助が言うとおり、八犬士がかなり近くにいる感じがしています」
「だったら、助けなきゃいけないじゃない」
「私に任せてくれますか?」
「佐助は策謀も得意って事だし、お手並み拝見させていただきましょうか」
私の言葉に、にんまりとした笑みを浮かべた佐助は元盗賊だった者たちを再び兵の姿に戻し、芝田の兵たちの下に向かって行った。