それぞれの正義
「確認していいかしら?」
刀を納め、茶店の前で向き合った私が最初に発した言葉だ。
「何をでしょうか?」
この場で私の問いに答える資格を持つのは明地のみである。その明地が返した。
「あなたは私を捕まえる気は無いと言う事でいいのかしら?」
「そうですね」
「ただ、懸念が無い訳ではありません」
二人の会話に割って入って来たのは秀満だった。
「我々にはこの国を建てなおすと言う大義があります。
ですが、一方で国を治める者は血統が重要だと言う者もおります。
このような者が姫様を担がれ、正義は我にありと立たれると我々も困る事となります。
姫様はどのようにお考えなのでしょうか?」
「秀満、出過ぎぞ!」
「秀満さんの考えに私は興味ないんだけど、言っている事は理解できます。
ほとんどの争いごとって、見方が違うだけで、どっちにも正義があるんだよねぇ。
まあ、本心では自分に正義は無いって分かっている場合もあるんだろうけど、戦う兵士たちの士気を高めるには自分こそ正義だって思わせる必要あるもんね。
逆に聞いていい?
明地さん、あなたは謀反人になってまでしても、本当に民のためにこの国を治めたいの?」
「もちろんです」
「なら、私はあなたの邪魔はしない。
ただ、私たちの邪魔もしないでいただきたい」
「一つ、お教えいただけませんでしょうか?」
また割って入って来たのは秀満だ。
「姫様は今、どこに向かわれようとしているのですか?」
「そんなの松さんを猿飼の領国に送って行こうとしているんじゃない。
そう言えば、松さんをどうするつもり?」
「亡くなられた忠宗殿との間では、松姫との婚儀の約束を取り交わしておりました。
ですが、忠宗殿が討たれたとあっては、婚儀も伸ばさざるを得ませんし、国許に戻られるのも致し方なき事」
「なら、あなたの兵たちが松さんを探しているのを即刻止めさせてくれる?
私たちがあなたたちの兵と争う事無く、松さんを連れて行けるように」
「松姫を連れて行かれたその後は?
犬王の剣をお持ちですよね?」
「秀満さん、さっきから何度も割り込んできているけど、もしかして、それを気にされていたんですか?
自分の身を守るため、八犬士たちを集めようとしています。
ですが、明地さんがよき国を造られ、私たちに害意を抱かないのでしたら、その力は明地さんに向ける事はないでしょう」
「我々は約束しましょう」
明地の言葉に私は頷いて返した。
「陛下、明地の者が間違いを起こさぬよう、我が本国を出るまで警護に就かせていただいてよろしいでしょうか?」
「秀満、しかし姫様と松姫には緋村も佐助もおるのでしょう」
「私たちを監視したいとか、寝首を掻こうと言うのでしたら、どうぞ」
「姫様、誤解なきよう。私は秀満を付けることは考えておりません。
警護であれば一斬りもおりましょうし、忍術はもちろん諜報、策謀にも長けた佐助もおるのですから」
「佐助って、そんな色んなことできるの?
家事出来るのは知ってたけど」
「まあ、それだけに味方にしておけば心強いですが、敵に回すと厄介です。いえ、裏切られるまで、敵に回っている事すら気付いかないかも知れませんからね。
ですよね、佐助」
「陛下、何をおっしゃいます。
それは買いかぶりと言うものです」
「ともかく、私たちはこのまま松さんを送って行きます」
「松姫をよろしくお願いします」
明地はそう言い、軽く会釈すると秀満や松さんを連行しようとしていた兵たちを引き連れて立ち去って行った。