見覚えあるイケメン
街道を逸れて進んだものの、野宿を嫌がる松さんの意向をくみ、私たちは再び宿場町に来ていた。
ここも明地の領内とあって、行きかう人々には活気があって、本王寺周辺で見た光景とは雲泥の差がある。
今回は旅籠に選択ミスもなく、それなりの部屋を確保したのだったけれど、松さんも私も気になる物があった。
それはこの宿場町の外れで見た茶店のお団子。
この世界に来てからと言うもの、私はお菓子の類は食べていない。と言うか、食事さえ前の世界の生活から見たら、果てしなく粗食だ。
そして、私はさっき知ったのだ。この世界にもお団子がある事を!
それは大きな衝撃であり、私の食欲を激しく刺激するのに十分だった。
松さんはと言うと、やはり甘いものには目が無いらしく、茶店に行こうと言う提案をしてきたのは松さんだ。
それにはもっと男装を完璧にした方が安全ではと言う思いから、松さんの胸をさらしできつく締めつける事になった。
上半身裸になると、衝撃的な大きな胸が私の目に飛び込んで来る。
うーん。これだけ大きな胸の感触はいかほどなのか? 男でなくてもちょっと揉んでみたくなる衝動を抑え、力を入れてさらしを巻いて行く。
「ちょっと苦しいかも」
「あ、ごめん。
憎らしさのあまり」
「えっ?」
「あ、気にしないでいいから。
ちょっと緩めるね」
さらしを巻き終えた松さんの体形。元が大きすぎて、やはり胸元が膨らんでいる。
「うーん、これが限界だね」
完璧な男装を諦め、なんちゃって若侍姿でよしとするしかなかった松さんと茶店の席に腰を下ろし、餡子が乗せられたよもぎ色の串し団子を口に頬張る。
「美味しいね」
「うん、うん。美味しい」
かつての世界で食べていたスイーツに比べれば、比較にならない。和菓子と比べても甘さは控えめで比較にはならない。でも、こちらの世界で食べたものの中では、抜群に美味しい。
「いやあ、こんな美味しいものあったんだねぇ」
「りなさんは、食べた事無かったの?」
「無い、無い。
こんなものがある事すら知らなかったよぅ」
なんて言っていると、なぜだが前の世界に対する懐かしさがこみ上げて来て、少し涙腺が緩んできた。
「そんなにうれしいの?
だったら、いくらでも食べていいよ。
私が支払いはもつから」
「ありがとう」
少し誤解していそうな松さんになんて言葉を続けようかと迷っているところに、お呼びでない来客たちがやって来た。
茶店の前の席に座る私たちを取り囲む兵たち。
手にしている紙は人相書きで、松さんの顔と見比べている。
「何の用?」
立ち上がって、男たちに言う。
「お前は関係ない。
こちらの男装している女に用がある」
「男に見えないのは、やっぱ胸ですか?」
「はあ?
まあ、お前なら男にしかみえないだろうなぁ」
男は視線を私の胸元辺りを何度も行ったり来たりさせながら言った。
「男にしか?」
思わず犬王の剣を抜き去り、取り囲む男たちを威嚇する。
「邪魔をするなら、お前は斬り捨てるぞ!」
そう言うと男たちも刀を抜いた。
相手の数は五人。松さんを守りながら、相手を殺さずと言うのを貫けるのか?
峰うちでダメージを与えても、戦意を失ったり、戦闘能力を100%奪えるとは限らない。しかも、この人数、一撃で倒せなければ松さんを人質にとられる可能性もある。
「仕方ないか」
私は刀身を返すのを諦め、先手必勝で攻撃に出ようとした時だった。
私たちと男たちの間に割って入って来た男たちがいた。
「双方、刀を納めよ。
そして、お前たちはここから立ち去れ」
見知らぬ男たちは兵たちの方にそう命じている。
誰? 味方?
なんて、戸惑っている私の視界に近づいてくる別の男の姿が映った。
その男はイケメンで、私にはその顔に見覚えがあった。