関所 強硬突破
お家騒動が起きた国元に姫様を連れ帰ると言えば、姫様を若侍に偽装させると言うのが勧善懲悪の昭和の番組のお約束。
そのお約束に倣い、豪商の娘 松さんを男装させて、猿飼の本国がある北に向かう。
佐助には忍びの本領を発揮してもらうため、先の情報収集を命じ、共に歩むのは緋村と犬塚と言うイケメン二人と、ちょっとかわいい松さん。諸国漫遊気分で歩く街道の風景は私がいた日本の江戸以前に似ている。と言っても、実際に見た事はないんだけど。
舗装されていない道、集落は点在している程度で、決して道に沿って家が並んでいるなんて事はない。そして、時折馬に乗った兵士が猛スピード駆けて行く。
「どけ、どけ、どけぇぇぇ」
そう怒鳴りながら、私たちの横を駆け抜けて行った兵士を乗せた馬の後ろ姿を見つめながら、つぶやく。
「なんかあったのかなぁ?
それとも、こんな事が日常的に起きてるの?
だとしたら、安心して道も歩けないよぅ」
「何かあったんじゃないですかね」
私のつぶやきに答えたのは緋村だ。
「松さんって、この辺りの事に私たちよりは詳しいんだよね?
これって、何かあったのかなぁ?」
そう言って視線を向けた先の松さんは少し表情を強張らせている。
「どうしたの?」
「う、う、ううん。なんでもない
私って、お、お、男に見えるよね?」
「そうだね。
あ、"私"は止めた方がいいかも」
「そ、そ、そうだよね。俺だよね」
「松さん、さすが豪商の娘さんだけあって、口調も上品だから、ちょっと男っぽくした方がいいかもね」
なんて言っている内に、視界の先に関所らしきものが入って来た。太い木でつくられた柵が道を塞いでいて、設けられた扉の左右には兵士たちが並び、出入りする人たちを調べている。
「りなさん、力で破りますか?」
「緋村、まずは様子見ない?
佐助の話ではもう私は死んだことになっているんだし、私を探しているって決まっている訳じゃないんだから」
「では、りなさんと緋村さんは一緒に先に進んで下さい。
何かあったら私が背後から援護します」
「じゃあ、犬塚さんは松さんを頼みますね」
「分かりました。
少し遅れて行きます」
犬塚のその言葉通り先に進んだ私と緋村が関所にたどり着いた。
「女、名は」
「りなと言います」
関所の前の兵士たちの視線は私にむけられ、緋村に注意を払っていないところから言って、彼らが探しているのは女性に違いない。
一人の兵士が私に近づき、手にしている人相書きらしき紙と私の顔を見比べている。もし、そこに描かれているのが私だとして、佐助の里の長老が描いた私そっくりなものなら、いくら簪を外し、髪を切っていたとしてもそれが私だと分かってしまう可能性は高い。だけど、模写したへたくそな絵なら、分かる訳もない。
どっちだ?
固唾をのみながら、いつでも犬王の剣を抜き放てるように右手に全神経を集中させる。
「行け!」
兵士は言葉と顎で指図した。
「失礼します」
ほっと安堵しながら関所を越えて先に進み、少し離れたところで、犬塚と松さんを待つ。
「もう一度、名を申してみよ!」
「わ、わ、私、じゃなくて、お、お、俺の名は松之助」
「嘘を申せ!」
「お前、女だろ。
調べてやる」
振り返ると、二人は完全に疑われている。
「男役は胸の無いりなさんなら完ぺきだったでしょうけど、松さんじゃあねぇ」
「佐助!
どこから湧いて出て来たのよ。しかも私に殺されたいみたいだし」
「そんな事より、どうしますか?
奴らのお目当ては松さんみたいですよ?」
「そうなの?」
なんて言っている内に、兵士たちが松さんと犬塚を取り囲んでいた。
「俺が調べてやる」
そう言った兵士の顔はいやらしい笑みを浮かべ、これまたいやらしそうな手つきで松さんの胸を目指している。
「待ちなさい!」
そう言って、松さんの前に割り込んだのは犬塚だ。
「お前、何者だ。
この女は松に違いない。
この男も捕らえろ!」
どうやら、兵士たちの目的は松さん個人だったらしい。玉さんが強者を探していた理由はこう言う時に強硬突破させるために違いない。
「行くよ!」
犬王の剣を抜き放つと刀身を返す。これで熊さんを切った時のようにはならず、相手には打撃のダメージだけになる。
向かって来る私たちに気づいた兵たちも刀を抜いた。
その一部は私たちに向かって来る。
「甘い!」
振りかざして来た刀をかわしながら、その腹部に打撃を与える。
「胴っ!」
「ぐぇっ」
防具をつけていない相手の腹部とあって、討ちはなった手に戻って来る衝撃は柔らかい。
「籠手ぇぇっ」
続く兵の刀を握る拳を討ちつける。
「ぐわぁっ」
そう言って、その兵は手にしていた刀を落とした。
戦いに犬塚も加わると瞬く間にケリがついた。