切った髪と簪
私たちは一人目の八犬士 犬塚信乃と共にこの宿場町のもう一軒の寂れた旅籠に身を寄せた。
この旅籠はさっき私たちが足を踏み入れた旅籠の者たちや、それに与する役人たちの圧力で客を奪われただけでなく、働き手も次々に失い廃業寸前の状態だ。
そんな店の窮状を救うべく、犬塚と緋村はこの店の前で客引きをしている。
自分たちの用心棒だった犬塚と、店の者たちを瞬殺した緋村が相手では、あの旅籠の主人も打つ手なしと言ったところで、今のところ大人しくしている。
「ところで、りなさん。
簪を外したのはいいですが、その髪、邪魔じゃないですか?」
「佐助、あんたの言うとおりなのよね。
はっきり言って、邪魔」
「いい考えがあるんですが。
その髪、ばっさり切りません?
そして、姫様が亡くなったと言う証拠として、あの簪と共に明地様に渡すのです」
「なるほどねぇ。
でも、誰が、どうやって?」
「姫様が崖から落ちたと言う情報は明地様に伝わっているはずです。
きっと、姫様の亡骸を探させているはずですが、見つかっていないはずです。
何しろ、ここに生きておられるのですから。
で、探している者たちにこの簪と切った髪を渡して、明地様にそう伝えさせるのです」
「佐助はその私の亡骸を探している者たちに伝手があると言う事でいいかな?」
「探している者たちの中には、忍びの者も含まれているはず。
私が姫様と一緒にいたのですから明地様が頼るのは私の里ではなく、江華の里。
そして、江華の里と話を長老なら可能なのです」
「分かりました。
では、ばさっといっちゃいますか」
なんでもできる器用な佐助は、私の髪を肩辺りのところできれいに切ると、私の簪とその髪の一部を持って、伊香と江華の里に向かった。
私たちが泊まる二階の部屋で一人になった私は、窓越しに客引きをしている緋村と犬塚の姿をぼんやりと眺めている。
明地が帝位に就いた事で、明地の領民であのこの町の者たちは少し浮かれ気味のようで、歩きながらそんな話題をしてはにこやかに微笑んでいる。
そして、力を利用しようとする者たちは力に魅せられたように集まって来る。そんな雰囲気を纏った多くの旅人たちにあたりかまわず、緋村と犬塚が声をかけている。
「そっちの宿は客を客とも思っていないから、よした方がいいよ。
こっちにどうぞ、どうぞ」
「そ、そ、そうですかい?
なら、ここにしようかな」
「お客さん、到着だよ」
「そこのお嬢さん方。
そっちの宿はよした方がいい。
こちらにどうぞ、どうぞ」
緋村たちの客引きも強引な気がする。なんて思っているのは私だけではなかった。
「そう言う、あなたの強引さも私たちを客だとは思っていなさそうなんだけど」
そう言ったのは、三人連れの少女の中の私と年は変わらなさそうな長い髪をした綺麗な少女だった。
「いや、俺達は親切で言っているだけで」
「要らぬおせっかいよ。
そんな事、自分の目で確かめるわよ」
その少女はそう言うと友人らしき二人の少女と共に、あの旅籠に入って行った。