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雄たけび

 初めての出来事なのに、以前どこかで体験した事があるような。デジャビュ。

 そんな事を思ってしまいそうなどこかの町の風景。

 元気よく旅人を誘う旅籠の若者。

 道を挟んだ斜めには寂れた旅籠。


「あの宿場じゃないよね?」

「宿場とはどこも似たようなものなんですよ」

「なら、佐助、ここはどこだか分かる?」

「明地様の領地内の宿場町ですね」

「敵の領地内ってこと?」


 慌てて髪から簪を抜き取ると、まとめていた髪がばさっとほどけた。


「人相書きとは髪形も違うよね。

 これでもう私だって分からないよね」

「胸を大きく見せるために何か胸に詰めなくていいのですか?」

「佐助! 本気で殺すよ!」


 そんな会話をしている間に緋村は先の辻にある手配書が貼ってある高札を見に行っていた。そして、私たちに振り向き、両腕で頭上に大きな丸を作った。

 私の人相書きが貼られていないか、私と似ても似つかないあの酷い人相書きが貼られていて、私だと気づかれないと言うことに違いない。


「ちょっと安心。

 胸をなで下ろすわぁ」

「りなさんの胸は断崖絶壁ですから、なで下ろすと勢いつきますよね」

「佐助、本当に死んでみる?」

「それより、りなさん。

 ここに八犬士の一人がいるんですよね?

 どこにいるか分からないんですか?」

「緋村、そうよ。

 どうやって、見つけたらいいの?

 確かにここにいるって気はするんだけど、それがどの人なんだか、さっぱり」

「じゃあ、仕方ないですね。

 まずは旅籠決めますか。

 威勢のいい客引きの旅籠の向こうに、寂れた旅籠らしき建物がありますよね。

 あっちの方がいいんですよね?」

「佐助、私はもう間違えないわよ。

 威勢のいい客引きの旅籠に向かうわよ」


 そう言うと、私は数人の客引きが強引っぽいほどの積極さで旅人たちを招き入れている旅籠に向かい始めた。


「お客さんたち、宿を探しているんですかい?

 なら、うちにどうぞ、どうぞ」

「そのつもりです」

「おお、そうでしたかい。

 ささっ、こちらへ」


 客引きの男が旅籠の暖簾を手でまくって、私たちを誘った。


「どうも」


 軽く会釈して、旅籠の中に足を踏み入れる。

 旅籠の中は管理が行き届いて……ないっ!

 薄汚れた壁、埃の塊が漂う土間。


「あんたは奥の部屋!」

「小汚い荷物を置くんじゃないよ!」


 連発する客を客と思っていなさそうな言葉。

 極めつけは、店の主人と思しき男の態度。どかっ奥に座り、睨みを聞かせている。

 そんな男と目が合った。


「おい、そこの客。

 ぼさっと突っ立ってないで、さっさと上がって部屋に入れ!」


「さすが、りなさん。

 またまた外しましたね」

「佐助、うるさいわね。

 こんな旅籠やめるわよ」


 そう言って、反転した私たちの前に客引きをしていた男たちが壁を作って立ちはだかった。


「おいおい。俺たちを舐めてんじゃねぇぜ。

 ここに泊まるって決めたんじゃなかったのかよ!

 ええっ、おい!」

「りなさん、どうします?」

「緋村、強硬突破」

「騒ぎになりませんかね?」

「仕方ないっしょ」


 私がそう言い終えた時、私の前にできていた壁は緋村と佐助の手で排除されていた。


「この程度の相手なら、瞬殺だねぇ」


 奥に座る主人らしき人物に威嚇の意味も込めて、振り返ってそう言った。


「用心棒の旦那。

 出て来てくだせぇ」

「あくどい商売している店には本当に用心棒っているんだぁ。

 でも、どんな奴が出て来ても瞬殺よ。

 なんなら、私がやろうか?」


 そう返して、犬王の剣の柄に手をかける。

 すると、奥から一人の若い侍が現れた。


「服、派手過ぎない?

 歌舞伎役者?」


 こっちの世界では見たことが無いくらい、柄も色も派手。それだけで周囲の人を威嚇している。


「お前さんたち、舐めた真似してんじゃねぇぜ」

「そっちこそ、舐めた商売してんじゃないわよ」


 そう返し、犬王の剣を抜こうとした時、視界の左下がやけに明るい事に気が付いた。

 周囲の人たちも驚いたような表情で、何やら私の左側に視線を向けている。

 そこに目を向けると、私の犬王の剣が光っていた。

 正確には鞘に取り付けられてる宝石だと思っていた八つの石の一つが光っていて、その中央に”孝”と言う字が浮かび上がっている。


「これって、八犬士の”孝”?」


 そう言い終えた時、その光っていた鞘に取り付けられていた宝石、玉は鞘から離れ、空中を漂ったかと思うと、派手な服装の侍に向かって飛んで行き、男の額を直撃した。


「攻撃?」


 そう思った次の瞬間、その侍は雄たけびを上げた。


「わぉぉぉぉぉぉん!」


 そして、私に再び視線を向けたかと思うと、その場に正座した。


「姫様。私、犬塚信乃いぬづかしの、身命を賭して姫様のお力になります」


 ついさっきまで、私たちの敵っぽかった男は犬塚信乃と名乗り、平伏して私に忠誠を誓った。


「頭を上げて」


 犬塚に駆け寄り、両手を握りしめた。


「犬塚様、どうしたんです?」


 突然の出来事にこの旅籠の主人は狼狽気味だ。


「ま、そう言うことなんで」


 そう言って、私は立ちあがった犬塚を誘って、旅籠の外に向かう。

 佐助と緋村に瞬殺された店の者たちは最早、私たちに進路を譲るしかなかった。

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