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決着

 地獄の亡者の形相で大きく開けた口が俺の首の辺りにかぶりつく。

 そう覚悟した俺の視界は梓に遮られた。

 梓が盾になり、玉梓の首にのどわの技を決めていた。

 姫は言った。梓の力も八犬士と同じようなものと。八犬士が実体のない玉梓を襲えるなら、梓もできると言う事だ。

 が、武器も持たない梓にできる事など限られている。

 玉梓が怒りの形相で、ぎろりと梓を睨んだ。

 その玉梓の瞳に、敵に対する憎しみを越えた憎しみが浮かんでいる。


「あ・ず・さ・ぁ・ぁ」


 低く絞り出すような声で、そう呻いたかと思うと、梓の胸に手を当てた。

 犬江に放ったのと同じ技だ。

 背後にいた俺と共に梓は吹き飛ばされた。

 が、玉梓の技を直接受けたのは梓であり、俺のように鍛えた肉体でもない梓は果てしない損傷を受けた。


「梓、梓」


 声をかけても反応はなく、口から血を吐き出している。


「犬田さん。梓を治して」


 駆け寄って来た姫が言った。

 そうだ。治療の術が使える八犬士がいて助かった。

 犬田が梓に手をあてがい、胸のあたりから、腹部へと下ろしていく。

 力を失っていた梓の顔に表情が戻って行く。


「梓。

 俺が必ず玉梓を倒す!」


 その俺の決意に偽りはない。


「緋村、これを使って」


 姫が犬王の剣を差し出した。


「ありがとうございます。

 では、姫様はこれを」


 姫に諸刃の剣を手渡した。

 姫と頷き合い、玉梓と妙椿を倒す事を誓い合った。


「玉梓。お前を許さない」


 そう言って、玉梓に犬王の剣を構えて、向き合う。

 その横で諸刃の剣を颯爽と構えて、妙椿と姫が向き合う。

 と思ったのに、違っていた。


「重っ!」


 そう言って、姫の切っ先が垂れ下がっている。


「犬坂さん!」


 姫がそう言った。


『その剣の大きさから言って、緋村の刀の方が重いに決まっておろうが。

 しかも、さっきから刀を振り回しているのだ。

 体力的にも限界であろう』


 妙椿の思考らしい。

 俺はそれに気を取られず、玉梓に視線を向ける。


『軽く様子を見てみるか』


「おっと。空振りしちゃたよ。

 振り遅れ?」


 襲って来た妙椿相手に、姫が空振りしたらしい。


『やはりな。

 あれが限界か。

 ぬう。八犬士どもめ』


 視界に炎が映った。妙椿目がけ犬山が炎を発しているのだろう。


『犬どもの主である姫の喉を噛み切ってくれるわ』


 ズバッ!


「ぐわぁぁぁぁ」

『な、な、なぜじゃぁ。

 この小娘の太刀捌き、見切れなんだ』

「妙椿!

 そなたともあろうものが」

「油断したようね。

 私、この程度の刀で動きが鈍くなるほど、やわじゃないのよね。

 とどめよ」

『く、く、くそぅ。

 これが最後かぁ』


 姫は妙椿 金毛九尾の狸の首を斬りおとした。


「緋村ぁ!

 あとはそいつよ」

「俺も姫様に負けてられませんからね」

「くっ、生意気な」

「梓を傷つけた事、その命で償ってもらいますよ」

「あ、そいつ命は無いんだけどね」

「姫様、俺の気力削ぐような事言わんでくださいよ」

「妙椿を葬ったからとて、いい気になるではない」


 玉梓はそう言ったかと思うと、口から火の玉を吐き出し始めた。

 それは妙椿のものとは違い、かなりの速さである。


「犬塚さん、この辺りを霧で包んで」

「承知しました」


 一瞬にして、あたりが霧に包まれた。

 炎の威力も霧の水分で減衰していく。

 しかも、視界は霧で遮られ、視力で敵の場所を探る事はできない。

 玉梓に動きが無い。

 気で俺たちの場所を探れないのかも知れない。

 いや、さっきの姫のようにわざとそんな風に装っていると言う可能性もある。

 犬坂の力は実体のない玉梓には通じないのか、思考が流れて来ない。

 あとはやるしかない。

 一気に襲い掛かる。

 その時、俺はもう一つの玉梓に向かって行く気を捉えた。

 姫も俺に合わせて玉梓に襲い掛かっている。

 諸刃の剣でどうする気だ?

 とは思うが、何かの考えがあっての事の筈。

 そのまま突っ込んで行く。

 八犬士たちの気も動いた。八犬士たちは玉梓の背後に回り込んでいる。


 白い霧の中に、ぼんやりと赤い光が広がった。

 玉梓が火の玉を吐こうとしている。

 俺に向けられているのか?

 姫に?

 その火の玉は俺とは別の方向に向かって行った。

 きっと、姫に向けられたものなんだろう。

 ともかく、姫を信じ、俺はそのまま玉梓を目指す。

 玉梓はやはり気を読めるらしい。

 俺に向かって新たな火の玉を吐き出した。

 それを避ける俺の視界の片隅で玉梓に向かって行く火の玉が映った。

 姫がはじき返した?

 玉梓が自分に向かって来る火の玉をよけ、場所を移動したのを感じた。

 玉梓は再び姫に向かって火の玉を吐いた。

 再び姫がその火の玉をはじき返している。

 玉梓は姫への対応にほとんどの力を費やしている。

 背後を固めていた八犬士たちも知らぬ間に距離を詰めている。

 こちらも犠牲を厭わず一斉に襲い掛かれば、玉梓と言えど、討ち取る事が可能だ。

 そう思った瞬間、玉梓は恐ろしいほどの速さで姫に向かって行った。

 おそらく、八犬士たちの主である姫を討ち取ると言う意味と、犬王の剣を持たぬ姫には攻撃の手段がないと考えての事だろう。

 ここで姫が討ち取られなかったとしても、包囲網を破られれば、また一から立て直しだ。

 俺も勝負に出た。

 全身全霊、渾身の力を振り絞り、玉梓を目指す。


「ぐはっ」


 女の声が霧の中で響いた。

 姫と玉梓の気は同じ場所で止まっている。

 どちらかが、なんらかの手傷を負った可能性がある。


「霧を消して!

 緋村! やれぇ」


 姫の声が轟いた。姫は無事らしい。

 晴れた霧の中、犬王の剣の鞘を口の中に突き立てられた玉梓と鬼のような形相で、その鞘をさらにねじ込もうとする姫の姿があった。


「玉梓、覚悟」


 喉に犬王の剣の鞘を突き立てられ、動きを止めていた玉梓を犬王の剣で真っ二つに斬り裂いた。


「梓。封印」


 姫が叫んだ!


「戻って!」


 その瞬間、真っ二つに斬り裂かれ地面に転がっていた玉梓の姿は霧散し、消え去った。  

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