死闘
「あいつが戻ってくる前に、なんとか妙椿だけでも倒さないと」
「緋村の言うとおりだね。
まず、この鴆毒の堀を何とかしましょう。
犬山さん、鴆毒を炎で焼き払って。
犬村さんは、蒸発した鴆毒の成分がこっちに来ないように風を向こうに送って。
犬江さん、妙椿を雷で狙って」
「承知」
三人の八犬士たちが動き出した。
犬山が放つ炎が堀の中の鴆毒を蒸発させる。
沸き起こる白煙は犬村が巻き起こした風で、妙椿や毛里の側に向かって吹き飛ばされる。
「ちっ!」
実体のある妙椿はこの毒の含んだ風を浴びる訳には行かないらしい。
見る見る遠ざかり始めた。
その妙椿を目がけて犬江の雷が放たれるが、妙椿の動きが素早く当てる事が出来ていない。
その犬江が放つ雷の轟音の合間に、毛里勢の中から悲鳴が聞こえてくる。
遠目に見て、兵たちに混乱が生じ、陣形はすでに崩れ一部は逃げ出しているようにも見える。
「堀から湧き上がる白煙が無くなったわ。
鴆毒が無くなったんじゃないかな?」
姫がそう言いながら、堀の中を覗き込もうとした時だった。
堀に鴆毒を注いでいた姫言うところの信楽焼の狸が堀を飛び越し、姫を堀に落とそうとした。が、姫は気を読む事ができる。そして、その手にあるのは実体のない妖をも斬ることができる犬王の剣である。
姫の一振りが狸に命中し、信楽焼の狸が霧散して消え去った。
「とりあえず、一つ。
でも、妙椿本体を倒さないとね。
この堀、崩せない?」
「雷の衝撃で崩しましょう」
そう言うと犬江が堀に落雷を落とし始めた。
堀が崩れ落ち、なんとか渡れる場所ができた。
「行くよ!」
姫がそう言って真っ先駆けて、崩れた堀を渡ろうとした時だった。
玉梓が戻って来ていた。
「くっくっくっ。
もはや、われを封印する事などかなわぬわ」
「おお。玉梓。
我ら二人揃えば、こやつらを捻り潰すことなど容易でしょう。
しかも、計画通りあの面倒な八房らは呼び出したばかりで、この場に呼び出す事はできないしな」
「つまり、全てはお前たちの計画通りと言う事か?」
俺が言った。
「そのとおり」
妙椿が答えた。
その横で玉梓は不気味な笑みを浮かべたかと思うと、口から何か煙のようなものを吐き出し始めた。
「犬村さん。風であの煙、全て吹き飛ばして」
「承知」
玉梓に向かって吹く風が、玉梓が吐き出す煙のようなものを吹き飛ばす。
「ひ、ひ、緋村は下がっていなさい。
あの者はただの妖力。実体がない。
分かっていると思うけど、あなたの手には負えないのよ。
でも、八犬士たちは戦えるの」
元の姫だ。そして、今語った事は衝撃だった。
実体のない妖は犬王の剣でしか斬れない。そう思っていたが、違っていたらしい。
それを知った八犬士たちが、玉梓を襲う。
特に狂犬 犬江の攻撃は恐ろしいほどの速さで玉梓を追い詰めていく。
が、玉梓の顔には薄ら笑いが浮かんでいる。
「邪魔じゃ。
この羽虫が!」
そう言って、玉梓が犬江の懐に一瞬にして飛び込み、胸に手を当てた瞬間、犬江が吹き飛んだ。
「おぬしたち、我の事も忘れておるのではあるまいか」
妙椿も素早い動きで、八犬士たちを襲って行く。
八犬士たちもただ者ではない。深手はおってはいないが、確実に傷を受けている。
さすがの姫をもってしても、防戦一方だ。
「さてと、我の力全てを解放するため、梓を闇に落とすとするか」
玉梓がそう言い、にたりと微笑んだ。
来る!
俺の本能がそう訴えた。
俺の諸刃の剣では玉梓に抗う術が無い。
が、成すすべなくやられる訳にも行かない。
気合を込めて全神経を玉梓に向けた。
そして、そいつは俺の目の前まで迫っていた。
地獄の亡霊のような形相で、大きく口を開いて。
「緋村様ぁぁぁ」
俺の名を呼ぶ梓の声が聞こえた。