決戦前夜
外は自然の小雨が降り注ぐ。
部屋の中をぼんやりと照らし出すのは部屋に置かれた蝋燭の揺らめく炎のみ。
高松城を水に沈めた礼にと、葉芝が単身でやって来ている。
「姫様。
此度は八犬士の力をお貸しいただき、真にありがとうございました。
お礼と申すには粗末な品ではありますが」
そう言って、葉芝が手にしていた包をほどいた。
そこにあるのは細長く小さな三つの桐の箱。
葉芝はその一つを手に取り、姫の前まで進み出て、箱を開いて差し出した。
そこにはまた簪が入っていた。
「ありがとうございます」
姫が頭を下げると、別の一つを手にして松姫の前に進み出た。
そして、最後に梓に手渡すと、元の場所に戻り、姫に再び向き合った。
「ところで、姫様。
この戦が終わりましても、わが国にはまだまだ敵が多く、共にこの国を治めると言う願いは叶えてもらえぬものでしょうか?」
「そうですね。
前にも申しましたとおり、私は葉芝殿と組んで、この国を治めると言う気はありません」
「そうですか。
それは残念です。
では、これにて」
そう言って大人しく引き揚げて行く葉芝を見送った後、梓が姫の前に歩み寄った。
「これを」
そう言って、梓が姫に差し出した簪の入った箱に、姫が手を伸ばした。
「手紙?」
「はい。以前簪をいただいた際にも手紙が入っていました。
すでにお話をさせていただきましたが、佐助を通じて葉芝より指示がくるようになったのは、その手紙がきっかけでした」
「なるほどねぇ」
姫がそう言いながら、梓の簪の箱から手紙を取り出した。
「梓、お前はそちら側の人間ではない。
我らと共に甲斐族の八犬士どもを討て。
我らとお前の力があれば容易な事。
お前の中にある恨みの心のままに」
姫が手紙を読み終えると、梓に目を向けた。
その梓は俺にちらりと目を向けた。
俺は梓を信じている。そう言う意味を込めて、梓に頷いてみた。
「私は義兄がやろうとしている事は間違っていると思います。
私は姫様たちと共にあります」
「ありがとう。梓。
どんな手でやって来てもここで奴らを討ち滅ぼすよ」
「姫様」
「なに、緋村」
「向こうには妙椿がいると思うのですが」
「そうね。たぶん、それが一番厄介なんだと思うのよね。
梓、妙椿に関して知っている事は?」
「姫様もご存じの通り、妙椿は玉梓の怨念が憑りついた狸です。
笠を被り徳利を持った姿は鴆毒をばらまく時の仮の姿で、その本当の姿は九本の尾を持った金色に輝く狸の姿らしいです」
「金毛九尾の狐ならぬ狸ってことね」
「使える術は周囲の見定めた対象を眠らせる狸寝入り」
「うーん。この世界では寝たふりじゃなくて、周囲を眠らせるのね」
「主野又の一夜道を築いた地の術」
「墨俣の一夜城ならぬ一夜道なのね」
「幻術 ぽんぽこ」
「平〇狸合戦?」
「ただ、幻術は幻術使いには効かないとの事。
犬飼様の力次第で妙椿の幻術は封じられます。
と言いますか、おそらく妙椿もこちらに犬飼様がおられますので、幻術は使わないかと。
私が知っている妙椿の力は以上になります」
「玉梓の力は?」
「私には制御できないので、全く分かりません」
「そうですか。
ありがとう、梓」
決戦は明日。敵は毛里勢や葉芝勢と言った兵たちと、それに便乗した葉芝や妙椿。
どんな手で来るのか。そんな事を考え、その日は眠れぬ夜を過ごした。
そして、夜が明けた。その日、人々の眠りを覚ましたのは鶏の鳴き声ではなく、大きな地響きだった。
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