高松城水攻め
俺達は小雨降る中、鄙厨高松に着陣した。
左側面には少し小高い丘が点在し、そこに葉芝の軍が展開していて、平地にある毛里方の高松城の後方に毛里軍が展開しているのだが、その高松城はと言うと、葉芝軍が築いた人口の堤防に取り囲まれていて、その堤防の上にも葉芝が築いた櫓が点在し、平地に展開する毛里勢に睨みを効かせている。葉芝の狙いは高松城水攻めなのだが、小雨程度で水の中に沈める事はできない、
一方、俺たちは高松城を挟んで毛里勢と向かい合う形で展開し、開戦の時を待っている。
あかねからの話では、北條は一旦侵攻を停止し、この毛里とのと言うか、俺達と葉芝の一戦の決着を待っている。
また、植杉は密かに戻って来た明地剣史郎が玉姫の参謀となり、植杉勢を押し返したらしい。
「さて、姫様。
本日はお願いの儀があり、参りましたしだい」
姫の前で葉芝が平伏している。
「面を上げられよ。
願いの儀、想像はついておる。
この地は雨季と聞いてはおるが、この小雨ではあの城を沈める事はできぬ故、八犬士の力をもって、高松城を水に沈めて欲しいと言う事であろう」
「さすが姫様。
ご推察のとおりでございます。
願わくば、この戦、血を流さずに収めとうございます」
「分かりました。
確かに高松城を水に沈めましょう」
「あり難きしあわせ」
「犬塚さん。
葉芝殿とともに行って、雨降らして高松城を水に沈めてくれない?」
「承知しました。
では、葉芝殿」
「では、これにて」
葉芝が再び姫に頭を下げて、犬塚と一緒に退出していった。
「いいのですか、姫様」
その言葉は俺の正直な気持ちだ。
葉芝を関白として、この国の運営を任せる気が無いと言った姫や俺たちに敵意を抱いている葉芝の提案である。その裏にもきっと俺たちが不利になる何かがある。
「いいのよ。
高松城は水攻めになるのが、お約束だしね」
「すみません。意味が分からないのですが」
「まあ、次に佐助が何と言って来るかが楽しみじゃない。
ほら、あのあたり、かなり雨が降り始めたじゃない。
高松城もすぐに水に沈むわね」
姫が軒から見える空の一角を差して言った。
そして、姫の言葉通り、高松城は犬塚の雨の力で瞬く間に水に沈み、兵士たちは天守や屋根に逃れて、命をつないぐことになった。
「姫様」
高松城を水に沈めた犬塚が戻って来てすぐに、佐助がやって来た。
「高松城はもって数日。
これにて、葉芝はここまでの事を毛里に対して行ったため、姫様より毛里との敵対関係に関し、疑いは持たれていないと考えております。
さすれば、高松城が落ちる前に毛里が鬨の声を上げ、攻めてきた場合、それは高松城解放と我らの殲滅を目的とした行動と姫様もお考えになると葉芝は考えております。
そこで、攻め寄せる毛里勢の側面を衝くかのように葉芝勢が丘より駆け下り、その一部が我らの側面、また別の一部が背面に回り込み、我が軍の殲滅を図ります。
これが葉芝の策にござります。
その決行は明後日の昼」
「でもさ、佐助。
八犬士がいるのに、それで勝てると思っているのかな?」
「聞いた事以上は分かりませんが、八犬士の術は大技過ぎて、敵味方乱れての乱戦に入ってしまえば、使えないと言う読みではないでしょうか?
特に葉芝勢は牙を剥くまでは友軍であり、我が軍に接近し、内部に紛れ込む事は容易です」
「なるほど。
分かったわ。
葉芝の部隊の状況も調べて来てくれる?」
「承知しました」
そう言い残して佐助が立ち去ると、姫は言った。
「敵の策が読めないけど、敵襲は明朝。
八犬士がいる事を承知していながらの作戦だけに、姿も気配も見せていない妙椿も出てくるでしょう。
明日の戦いは油断できないものになると思います」
「しかし、姫様。
佐助が犬坂殿の術にかかっていないとはよく見抜きましたですね」
「自分が女だと言う事までばらしたんだから、完全にかかったと見せかけるには十分だと思ったんでしょうけどね。
犬坂さんのあの術は強い意思の者には効かないって話だったからね。
さて、どんな手であの大猿 葉芝は攻めてくるのやら」
本陣の大将が座る場所にどかっと鎮座した姫が言った。