梓の真実
佐助、あかねと犬坂を引き下がらせ、姫は代わりに梓を呼んだ。
犬坂を下がらせたと言う事はそれだけ梓を姫は信用している。そう言うことだ。
「梓。葉芝が私に手を組もうと持ち掛けて来ているので、それをどうするかと言う事をここで話し合っているの。
梓はどう思う?」
「ど、ど、どうして私なんですか?」
「梓。
梓の事もあるから、聞いてるの」
「佳奈は知っていたんですね」
「私が知っているのは全部じゃないの。だから、聞きたいの。
大猿勇多は実の父親なの?
梓姫」
「梓姫?」
思わず俺は声を上げてしまった。
伊志田三成が簪を持ってきた時、梓姫と言った。本当に梓は姫だったと言う事なのか?
「佳奈。いいえ、浜路姫様。
全てお話いたします」
そう言って、梓は語った。
自分の父親は大猿勇多の弟で、すでに亡くなっている事。
その死の原因は勇多による暗殺ではないかと噂があった事。
生まれると同時に勇多の娘となり、梓姫として育てられた事。
大猿家当主には一子相伝の妖術 賽八陣と言う大猿に変化するものがあり、今その妖術は大猿勇多の嫡男 大猿日吉に伝えられている事。
その大猿日吉こそ、葉芝秀吉らしい事。日吉は梓の幼き頃に申世界を妙椿と共に離れており、梓の記憶には兄の顔は無かったが、町で偶然 葉芝秀吉と出会って以来、佐助からその旨の話と葉芝からの指示が何度か届けられた事。
葉芝秀吉が梓を自分の義妹であると知ったのは、自分の梓と言う名だけではなく、右手にある痣だと言う事。
そして、その痣こそ、呪われた力の源である事。
その力は妙椿を育てた玉梓によるものである事。
玉梓は八房たちに敗れた後、八房のへそから造られた宝玉王毘笥に封印され、裸婦照の結界に隠されていた事。
妙椿がその結界を破り、王毘笥を手に入れた事。
王毘笥を体に取り込める人間として、生まれたのが梓であり、実際に取り込んでいる事。
使える力は玉梓の持つ妖力だが、ほとんど制御できず分かっていないばかりか、暴走させてしまう事。
このため、期待された力を発揮できず、勇多からできそこないと言われ続けた事。
玉梓は育てた妙椿の力を自身の力として使う事ができ、周囲の狙った者を眠らせる術、鴆毒と呼ばれる人肉をも熔解する術がある事。
自分がその鴆毒を使って、緋村を殺そうとしていた伊香の里の者たちを葬った事。
大猿勇多が捉えられ、自分の事が緋村にばれるのを恐れて、勇多たちを襲った事。
化け猫の妹猫の妖力は一度、王毘笥の力を使って王毘笥の中に封印したが、佐助を通じた秀吉の指示に逆らえず、再びその力を解放してしまった事。
「こんな私、嫌らわれて当然ですよね」
梓が消え入りそうな声で言った。
「そうね。
私から一つだけ言わせてもらうとしたら、自分の秘密を守るために勇多たちを殺めた。
それは誤りだね」
「確かにな」
俺の口から出たその言葉は俺の本心である。
「ですよね。
姫様、緋村様。
私は悪い子ですよね」
「正確には悪い子だった」
姫が言った。
「その時は梓は緋村に嫌われる事を恐れていた。
そして、それを避けるためなら、勇多たちを殺める事も厭わなかった。
でも、今はどうなの?
自分のためだけに人を殺める事ができる?」
「で、で、できません。
たとえ、緋村様に嫌われても」
「でもね、梓。梓の力だけで、梓の事を嫌いになったりしないよ。
今なら、そんな力も含めて、緋村なら分ってくれるって信じられる?」
「はい。
私が間違っていました。
あの時も、緋村様を信じればよかったんです」
「梓ちゃん。
人に見せたくないものを守るため、汚いことをしたりもする。
そんな弱い生き物なんだよ。
梓が俺を信じ切れなかったのは俺の責任だ。
俺が悪かった。
ごめん。
でも、これからは俺の事は信じてくれよな」
「緋村様は悪くありません。
全ては私が悪かったんです」
そう言って、涙を流す梓を俺は抱きしめた。
そして、その日、俺たちは葉芝には与しないとの結論に至った。