封魔の忍び
廊下を歩むあかねは俺達の部屋の前で立ち止まると障子に手をかけた。
「姫様。入ってよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
あかねは障子を開けて部屋に入って来ると、俺と犬坂より後ろに着座した。
姫の視界を俺たちが邪魔してしまうため、俺と犬坂は左右に別れ、あかねに向き合うよう座りなおした。
「姫様にお伺いしたいことがあるのですが」
あかねの言葉に俺が姫にたずねた。
「犬坂さん。どうします?」
「真面目な話?」
姫は俺の顔をちらりと見ただけで、返事をせずにあかねに質問した。
「はい」
そう答えたあかねの顔は真剣そのものだ。
「緋村。犬坂さんの力は使わない」
「犬坂さんの力って?」
「あかねちゃん。それはいずれ。
で、話ってなに?」
「葉芝様の申し入れを姫様は受け入れませんでした。
姫様は伊香の里とどのような関係なのでしょうか?」
「何の関係もないけど」
姫がきっぱりと言った。
「と言うか、姫様は伊香の里を信用していないからね。
何を気にしているの?」
俺が補足した。
「私は北條の領国に里を持つ封魔の里の忍びです」
あかねはとんでもない事を言った。
「俺の幼馴染と言うのは?」
「緋村様。すみません。
あれは嘘です。あかねさんと言う幼馴染の方がいたのは事実ですが、私はそのあかねではありません」
「だったら、なんで俺に近づいたの?」
「姫様の動きを知るためです。
と、申しますのも、伊香の里は忍びの里の頂点に立つべく次々と策を打ち、ついには江華の里をも滅ぼしてしまいました。
いずれ他の里も滅ぼされるか、従属するかを選ばざるを得なくなる可能性があります。
この伊香の里を姫様がどの程度支援しておられるのかは、私達のとるべき道に大きく影響します。伊香の里は元々里見家に仕える忍びであり、また佐助が姫様のお供をしていることから、伊香の里と姫様のお考えはほぼ一体なのではと考えておりましたが、先ほど葉芝様の申し入れを保留されました。
伊香の里とつながっている葉芝様の申し入れを受けないと言う事は、姫様は伊香の里と一体ではないと言う事。事は急を要するたため、姫様を信じ、こうして直接お話にうかがわさせていただきました」
「私も真剣な話をするあかねちゃんは信じてるよ。
その証として、佐助の話を聞いてみましょう」
「どう言うことですか?」
「あかねちゃんには特別に、犬坂さんの力を教えてあげるよ。
犬坂さん」
「承知」
『あかね様』
「えっ?」
あかねは口も開いていない犬坂の声が頭の中に響き、驚きの表情を浮かべている。
『私の能力はすでにお気づきと思いますが、意思の弱い人を自由に操る能力があります。ですが、これはほんの一端、これ以外に人の心を読む力と人の心に直接働きかける力があるのです』
『あかねちゃん。
分かった?
これを使うと口で言っている事ではなく、頭の中の思考、つまり真実を知る事ができるの』
『ほかの八犬士の方の豪快な術に比べ、地味に思えていましたが、こう言うふうに使うとなると恐ろしい力ですね』
『でしょう。
緋村。佐助を呼んで来て。
伊香の里の策を明らかにする時が来たみたいだし』
「承知しました」
俺は言葉でそう言って、立ちあがった。
俺たちは横に並び対面する形で佐助に向き合った。
「佐助、葉芝の申し入れ、どう思う」
姫が佐助に意見を求めた。
『さっさと受け入れてほしいのよね』
「葉芝様なら、民の生活も安定するため、姫様に代わりこの国を運営するのに相応しいかと考えます」
「それは伊香の里の総意でもあるのかな?」
『当たり前じゃない』
「もちろんです」
「では、本題に入るけど、心の準備はいいかな?」
『さっさとしてほしいんだけど』
「伊香の里は忍びの里の頂点を目指して、葉芝と組んでいるんだよね?」
『どこから漏れたの?』
佐助は俺達を見渡し、あかねに視線を止めた。
『こいつ、もしかして、どこかの里の忍び?』
「そのような事はごさいません。
それは姫様言うところのフェイクニュースと言うものであろうかと」
「四公と言うか、大猿勇多とも組んでいたんだよね?
その理由は?」
『大猿との関係は掴んでいないみたいね』
「イミフ!」
「じゃあ、言ってあげる。
葉芝秀吉。出自不明と言われていたけど、先帝からはサルと呼ばれていた。
その理由は先帝が葉芝の出自を知っていたから。
葉芝秀吉は大猿勇多の嫡男。
でしょ?」
『どこでばれたの?
サルがこの地に来たのはずっと前だと言うのに』
「それは真ですか?」
佐助が驚いた表情を作って、そう答えが、正直俺にも驚きの話だった。
「しらを切られるのも疲れたし、次の策に出ますか」
姫はそう言うと犬坂に視線を向けた。