佐助の本音
勝手知ったる他人の家。ではなく、自分の館である。
扉をくぐると姫はずかずかと先に進み始めた。
当然、姫の前に芝田の兵が立ちはだかる。
が、犬坂が相手の目を見つめるだけで、みな進路を譲る。
「ねぇ。犬坂さん。
あそこに少し偉そうな侍がいるから、あの人に案内させたらいいんじゃない?」
と言う姫の提案を実行してからは、俺達はみな客人として館の中を進み、偽の姫に会う事ができた。
かつて、先帝 里見光太郎が着座していた大広間の奥の一段高い場所に偽の姫が煌びやかな着物を纏い着座している。
「猿飼の姫が願いがあって参られたとうかがっておったが」
「はい。
私が猿飼の松でございます」
松さんが名乗った。
「ところで、浜路姫様。
先の明地謀反の際はどのようにお逃げになられたのですか?」
「その方は何者であるか?」
松姫の後方に座っている姫の発言に、偽者の浜路姫が不機嫌そうに言った。
『こいつなんなの?』
偽の姫の思考が犬坂の力でだだ漏れだ。
「明地謀反のおり、浜路姫様は本王寺におられたとうかがっております。
明地の包囲網を脱した技を参考にしたいと」
『あの姫は本王寺にいたの?
こいつら姫は死んだと言う確信があるって事?
でも、だったら、あの手配書はなんだったの?』
「それはそなたたちに申す訳にはまいらぬ。
もしや、そなたたち、私の事を疑っておるのではあるまいな」
『私が偽物だとばれたら、命無いんだから。
証拠が無いんだから、このまましらを切るしかないわよ。
あっ。証拠あったんだ。
やってみるか』
偽の姫は髪に刺した簪を抜き、俺達に見えるように差し出した。
「その方たちが知っておるかは存ぜぬが、この簪は里見家に伝わるもの。
これを持つ私が偽物な訳あるまい」
その簪は姫がずっとしていたものである。確かに里見家のもの。
「ははぁ。
確かに浜路姫様のものに相違ございませぬ。
では、その浜路姫様にお願いの儀がございます」
『なんだかよく分かんないけど、とりあえずは騙せたのかな?』
「願いとはなんじゃ?」
「この地の民は困窮いたしております。
この館に保管されております兵糧米を民に配られると言うのはいかがでしょうか?
民も喜び、姫様の評判も上がるものと存じます」
松姫が答えた。
『米?
こいつらを追い払えるなら、それでいいか』
「それが猿飼の姫がここに参られた願いなのじゃな。
委細承知した。
この館におる芝田の家臣に命じて、手配させようぞ。
では、後は芝田の者たちと取り計らうがよかろう」
そう言って、偽者の姫は退出していった。
「さて、これでこの地の民は少しは救われるでしょう。
それはそれでよいとして、佐助には聞かなければならない事がありそうですね」
偽者の姫が退出するなり、姫が佐助に向かって言うと同時に犬坂に目配せをした。
「なんでしょうか?」
「なんでしょうかじゃないでしょ。
あの簪、江華の里を使って明地に渡したんじゃなかったの?」
『やっぱり来たわね、その質問。
まあ、答えは考えていたからね』
「私はその旨、申し上げて、江華の里の者に渡しましたが、その後のことまでは」
「じゃあ、あの後、私の手配書が無くなったのは?」
『それこそ同じじゃないですか。
ばかなの?』
「ですので、一度は明地様の手に渡ったのではないでしょうか?
その後の事は分かりかねます」
「ふーん。
じゃあ、あの姫って私の人相書きのもう一つの絵とそっくりだよね?
あの子の顔を描いたんじゃないの?」
『そんな事それ以外にあり得る訳ないじゃない』
「たまたまなんじゃないですか?」
「そう。じゃあ、最後に一つだけ。
伊香の里の狙いは何なの?」
『そんなの他の忍びたちの支配に決まってるじゃない』
「以前にも申し上げたと思いますが、我々はこの国のために働いております」
「そうですか。
では、これからもよろしく頼みましたよ」
「はい。もちろんです」
佐助は犬坂のこの力を知らない。と言うか、姫は犬坂のこの力を八犬士と俺以外からは隠し続けている。その理由がよく分かった気がした。姫は元々佐助の事は信じていなかったと言う事だ。
そして、伊香の里は姫や俺たちのためでも、この国のためでもなく、自分たちの野望のために動いている。しかし、その実現には伊香の里だけでは力不足なのは明白だ。誰かと組んでいるはずなのだが、それが一体誰なのか?
犬坂の力を使って調べればすぐに分かる事ではないかと言った俺に、姫はこう答えた。
「もう想像ついちゃってるでしょうし、それにネタバレしちゃったら、面白くないでしょ」
いつもの事だが、姫の言う事は全く意味が分からない。