犬坂の能力
猿飼の地に迫る丹葉の軍勢を撤退させ、元居た旅籠に戻って来た時には、佐助が犬坂を伴って俺たちが戻って来るのを待っていた。
「姫様。ご下命に従い、旦開野さんを連れてまいりました」
「ありがとう。佐助」
そう言うと姫は俺と旦開野こと犬坂の二人を手招きして、別の部屋に誘った。
「犬坂さんに聞きたいことが三つあります。
まず一つ目ですが、世間の皆さんが心の中で考えている事で、何か特別な事はありましたか」
「はい。どうも、全てが仕組まれているようです。
と、申しますのも、植杉謙信は伊香の里の忍びによる暗殺のようです」
「なるほど。
そんな事まで掴めるとは凄い力ですね」
「すると、伊香の里がいよいよ我が国のために外敵討伐に動いたと」
俺は伊香の里の大手柄に少し興奮気味に言った。
が、姫は冷めた顔で俺の言葉を否定する言葉を口にした。
「本当にそうだったら、もっと早くにしたと思うんだよねぇ。
まあ、それは置いておいて。
他には」
「葉芝様が芝田様討伐に動くと思われます」
「犬坂殿、それはなにゆえですか?」
俺はこの情報にも声を上げずにいられなかった。
ずっと、静観して来た葉芝である。しかも、今現在対峙している敵 毛里は強大であり、芝田と敵対するとなると、前後に敵を受ける事になる。もしや、伊香の里による毛里暗殺の手筈が整っているのではと勘ぐってしまう。
「葉芝様は芝田様が偽の姫様を擁している事に気づいています」
「なるほど。正義を掲げられるのですね。
葉芝様は姫様とは会っておられますからね。
本物の姫が芝田様に付くはずないと考えておられるのですね。
で、毛里は?」
「残念ですが、そこまでは分かりません」
「そんなところですか?
他に大きなものがなければ、二つ目だけど、犬坂さんにお願いした戦争は嫌いだって言うのは言い方が悪かったと思っているの。
喧嘩はよくない。でも、殴って来る相手から身を守るには、殴り返す事も必要だと思うのよね。もちろん、個人なら逃げ切ると言う選択肢もあるんだけど、国家間の戦争に逃げ切るは無いからね。
で、明地の兵たちに広まっている戦争は嫌だと言う思いを消し去りたいんだけど、方法ってないんだよね?」
「いいえ、ありますよ。
今消しましょうか?」
「えっ?
あるの?
よろしくお願いしますっ!」
犬坂の言葉に、姫は勢いよく頭を下げてお願いした。
丹葉の兵を威嚇する時の尊大な態度と同一人物とは思えないほどの様変わり。その使い分けに感心せざるを得ない。
「お顔を上げてください。
主命に従うのは我ら当然の務め。
で、三つ目とはいかなるものでしょうか?」
「たとえばだけど、私の今考えている事読んでみてくれる?」
「姫様のですか?
基本的に姫様の頭の中を覗くのは……」
「かまいません」
「では、失礼します」
「……」
姫が大きく目を見開いた。
「これって使えるよね?
私以外にもできるよね?」
「……」
「たとえばさあ。……」
「……」
なにやら見つめ合い以心伝心、通じ合う二人って感じだ。
「すみません。姫様。
お二人で何をやっておられるのですか?」
「気になる?
本当はみんなに明かすのは先にしようと思っていたんだけど、緋村だけには教えてあげるよ」
『緋村様。
つまり、こう言う事です』
犬坂が言った??
口は動いていない。
『そうよ。緋村。
決めた仲間の間だけで、頭の中で会話ができるの』
「えっ?」
『だから、声に出さないの!』
『こんな感じですか?』
『そうよ。緋村。
でも、思考内容がだだ漏れだから、いやらしい事考えたら、すぐにばれちゃうからね』
『私がそのような事ある訳無いじゃないですか』
『梓にはどんなことしたの?』
『……』
『緋村の頭の中も見えちゃったからね』
『姫、それは反則じゃないですか?』
『こんな便利な物があるんなら、私も緋村と話してあげてもいいんだからねっ。
いつでも話しかけてきなさい』
『げっ! 元の姫まで出てきやがった。
面倒になるので、犬坂さん、終わりで』
『承知しました』
「どう、キュ○べぇみたいでしょ」
「仰っている事の意味分かりませんが。
で、これは何の役に立つんですか?」
「色々役に立つでしょ。
例えば、敵の頭の中を読んで、その事を私たちに伝えると、相手の攻撃が読める。
サ○リって、結構強かったしね。
別の使い方としては、佐助を質問攻めに合わせると、口から出てくる言葉とは裏腹に頭に浮かんだものを読み取って、私達だけで密かに佐助が知っている真実を共有できるとか」
「なるほど」
「あと、梓が緋村の事を本心でどう思っているかとかも分かるよ。
やってみる?」
「い、い、要りません!!」
「じゃあ、あかねちゃんが本当に緋村の幼馴染なのか、尋問してみる?」
「勝手に女の子の頭の中を覗くのはやってはいけない事だと思います!」
ちょっとしたい気もしないではなかったが、そう俺は言ってしまっていた。