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芝田軍狩り

 自分の出した指示が誤っていたと悟った姫は、犬坂毛野と言う名も理由も言わず、佐助に旅芸人の女形 旦開野あさけのを連れてくるように命じた。

 そして、自身はしばらくこのまま明地領内に留まると決めたのだ。

 しかしだ。明地を破った芝田の軍勢は未だ行方不明の明地剣史郎を探しだすため、この地にやって来る事は火を見るよりも明らかで、その芝田の軍勢の様子を探れなくなった佐助の提言により、芝田の軍勢の状況を探るため、佐助に代わって俺が耶麻崎方面に向かっている。

 そして、そのお供はなぜだか姫と犬村だ。

 犬村は姫の指名によるものだが、その姫はと言うと「あの部屋にいると疲れるのよねぇ」との事で、逃げ出したかったらしい。


「ほら、あそこ。町が見えるわ」


 姫がはるか先に見える町の入り口に造られた木戸を差して言った。


「木戸が閉じられていますね。

 芝田の軍に備えてですかね」

「ともかく行ってみましょう」


 そう言うと木戸に向かって姫は駆け出した。



 近付くにつれ、その町の中から色々な音が耳に届くようになってきた。

 何かを壊す物音。

 人々の悲鳴と絶叫。それと対照的な笑い声と歓声。


 木戸の隙間から見える町の中は芝田の兵たちに蹂躙されていた。

 そもそも貧しい生活をしていた芝田の兵の前に、豊かな物資が無防備に投げ出されたのだ。ひたすらそれを奪い、この町の人々を貶めようとしている。

 芝田の兵たちにとっては自由し放題の楽園。

 明地のこの町の人々にとっては地獄。

 勝った兵たちが負けた側の民に対し、略奪暴行の限りを尽くす。

 理不尽かも知れないが、これは普通の光景だ。


「緋村、犬村、やってしまえぇぇぇ」


 だが、このいたって普通の光景は姫の逆鱗に触れたらしい。姫が怒りの形相で絶叫した。

 当然それに犬村が行動で応えた。

 犬村の風の技は俺のようなかまいたちのような物だけじゃない。

 強力な風圧で、木戸を吹き飛ばした。

 逃げ出そうとする者たちを捕えるため、その内側にいた芝田の番兵たちも一緒に吹き飛んで行った。


「うぉぉぉぉ」


 喊声を上げて、犬村が突っ込む。

 姫も犬王の剣をゆっくりと引き抜くと、町の中に斬りこんで行った。

 

 ただ、自分の欲望のため、

 民を殴る者。

 民を蹴る者。

 民の物を奪う者。

 民の物を破壊する者。

 民の尊厳を踏みにじる者。

 女の尊厳を踏みにじる者。

 姫の剣はそんな全ての者を斬り刻む。


 芝田の兵たちの抵抗は最初の内だけだった。

 勝てぬ敵を前に、自分たちが強者から狩られる弱者となった事を悟った芝田の兵たちは一気に逃げ始めた。

 町の木戸から、逃げていく芝田の兵たちの後ろ姿を眺めていると、姫が言った。


「緋村、思いっきり強力な一斬りの技を放ちなさい」


 この姫は容赦のない時がある。

 諸刃の剣を構え、全力の一斬りの技を放った。

 逃げていく後方の者たちは瞬く間に体を二つに斬り裂かれて絶命した。

 そして、中ほどより少し後方の者たちは背に傷を負い、絶命した。

 縦に長い敵に対しては、さすがに俺の全力でもそれが限界だった。


「しかし、姫様。

 彼らもただの兵であり、攻め込んだ地で略奪を行うのは普通の事なのですが」

「緋村。戦場で敵を殺すのは兵の務め。

 だけど、その後で何の罪もない民を苦しめるのは、ただの野盗と同じ。

 犯罪者でしかない。織田の一銭斬りよ。

 それに民の支持を得られなければ、いずれその支配は倒れるしね」

「姫様。それって先帝 里見光太郎様の事ですか?」

「緋村。そのとおり!」


 姫が何の躊躇いもなく、自身の父の事をそう言いきった時、背後から姫の名を呼ぶ者があった。


「佳奈さん」


 振り返ると、俺達の少し離れた所にあかねが立っていた。


「あれ?

 あかねちゃん、なんでここに?

 もしかして、抜け駆け?」

「はい。

 梓ちゃんたちを出し抜いてきました!」


 そう言って、あかねが俺の腕に纏わりついて来た。

 ムニュッ感はいつ味わってもうれしいものだ。が、そんな事は顔に出さず、落ち着いた声音で言う。


「あかね。

 まだいつ芝田の兵がやって来るか分からないんだ。

 離れていてくれないか。危ないぞ」

「献身。私の事、心配してくれてありがとう」


 俺の事を上目遣いで見つめる目に引き込まれそうになってしまう。


「ですが、佳奈さん。いえ、姫様」


 突然、あかねは真顔になって、俺に纏わりついたまま、顔を姫に向けた。


「献身や姫様、それに八犬士の皆様が芝田の兵を倒していくのは、誰かの思うつぼなんじゃないでしょうか?」

「なるほどね」


 そのあかねの言葉に姫がにんまりと頷いた。

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