幼馴染降臨?
丹葉の地で神扱いの大騒ぎになった事に驚いた姫は、丹葉の地を進むことを諦め、申世界より猿飼の地に引き返す道を選んだ。
そして、今、猿飼の館で松姫と向かい合っているのだが、その表情はなんだか不機嫌そうで、姫たちに報告している重臣に視線を向けるでもなく、俺をにらんでいる。
「と言う訳で、芝田様より先の本王寺による先帝暗殺は四公によるものではなく、明地謀反によるものとして、明地討伐への参陣の要請が我が家を始め諸侯に届けられている次第。
もちろん、明地様も諸侯に参陣を呼びかけてはいますが、謀反人と言う印象が悪すぎ、明地に参陣する者は皆無かと」
「で、松姫はどうなされるおつもりで?」
姫が松姫にたずねた。
「どちらにも加担したくなと言うのが本音なのですが、もし諸侯が芝田様にこぞって付くようなことになってしまえば、後々立場が悪くなるのではと言う意見もあり。
そうそう、浜路姫様。芝田様は正統な帝位継承者 浜路姫様を擁しているとして、諸侯に浜路姫様への忠誠を求めているようです。浜路姫様を担がれますと、みな芝田様に付く可能性があるのではないでしょうか?
もちろん、私どもは芝田様が申している浜路姫様が偽物だと存じているので、余計に芝田様を信じ切れないのですが」
「芝田が担いでいる浜路姫ねぇ。
もしかして、あれかぁ」
姫が素っ頓狂な声を上げた。何か思い当たるものがあったらしい。
「緋村、あれだよ。
偽の私の似顔絵」
「たしかに。偽者の女が本物の姫として連れて行かれたのは芝田の領国でしたね」
どうやら、あの偽物を芝田は本物の浜路姫と思っている、あるいは偽物と知っていても、浜路姫の素顔を知る者が少ない事をいいことに、本物として担いでいるかのいずれかだろう。
「なるほど。それが、芝田が担いでいる浜路姫と言う事ですね。
それはそれとして、緋村様」
松姫がにらむような表情のまま、俺に話しかけて来た。
「はい。なんでしょうか?」
「また緋村様のお隣に、見知らぬ方が増えていますが、そのお方はどちら様で?」
「あ、ああ。これはあかねと申す私の幼馴染?」
「なぜに疑問形?」
松姫が言ったが、そう俺としても疑問形なのだ。
申世界を抜け、猿飼の地に入った時、この少女と出会った。
彼女から俺に話しかけて来たのだ。俺の幼馴染のあかねだと言って。
記憶をまさぐってみると、確かにあかねと言う年下の幼馴染がいた。長い黒髪を後ろ手束ね、姫言うところのポニーテールとか言う髪形で、今もその髪型だが、さすがに長い間会っていなかっただけに、当時の顔もぼんやりとしか思い出せないし、その子が成長したのがこの子だと言う確証はさすがに無い。
「私、幼い頃より献身、いえ緋村様と共に時を過ごしたあかねと申します。
以後、よろしくお願いいたします」
「そ、そ、そうですか。
ですが、その幼馴染さんが今更緋村様とご一緒する理由は無いのでしょう?
この館を出たら、緋村様たちとは別の所に行かれるのですよね?」
「いえ。
私が緋村様とここで再び出会えたのも運命と考えております。
幼き日の約束を果たすため、今後も一生お傍にいさせていただきます」
「えっ?」
あかねの言葉に驚きの声を上げたのは松姫だけでなく、姫も、梓も、そして俺もだった。
「幼き日の約束って?」
「緋村様、覚えておいででないのですか?
ほら、これ」
あかねは懐から折りたたんだ1枚の紙を取り出すと、開いてその紙を俺に見せた。
「おとなになったら、かならずあかねをぼくのおよめさんにするからね。
やくそくだよ。 ひむらけんしん」
おおっ! 何かその紙には見覚えがあった。が、何か本心を文字にしたのではなかったような気もするのだが、思い出せない。
「ほら、ほら」
あかねは今度は得意げに梓や松姫に見せてみた。
「本物なんですか?」
梓が悲し気な表情で俺に確かめて来た。
「あ、ああ。たぶん」
ちょっと言葉を濁し気味に答えるしかない。
「だとしても、そんな子供の頃の約束なんて、無効ですよ」
松姫はあまりにも古い子供の頃の約束を持ち出したあかねの行為に呆れているのだろう、強い口調でそう言った。
梓はと言うと、松姫の言葉に勇気づけられたのか、うんうんと力強く頷き、俺の腕に力を込めて抱きついて来た。そんな梓をほほえましく見つめた。
「そうですかぁ。
幼馴染キャラですかぁ。
修羅場は続くよどこまでもってかぁ」
またも姫が意味不明な事を言って、にやついていた。