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神降臨

「私、周りの者たちを眠らせます」


 梓が言った。江華の里で溝小の兵たちを眠らせたのも梓、大猿の館で姫たちを眠らせたのも梓。そう言う事だ。しかも、この力はその一端でしかない。大猿勇多たちをも葬った申世界の根幹に関わる力と関係している。ずっと、疑いつつ見ないふりをしていた梓の秘密。

 梓なりに大猿勇多たちを葬ったのには何らかの理由があったはずだ。


 改めて、俺自身に問いかける。

 俺は梓を受け入れられるのか?

 戸惑いを見せる梓の姿。

 自分が持つ力の事で忌み嫌われる事を恐れている。そして、それでもなお、俺達のために役立とうとしているのだ。

 梓は悪意を持った子ではない。

 梓を好きだと言う気持ちに、何を迷う事があろうか。


「梓ちゃん。やってくれるか?」


 姫よりも先に、俺が言った。

 そして、何があっても梓の味方だと言った言葉に嘘が無い事の証として、梓に微笑みかけ、梓の両手を俺の両手で包み込んだ。


「はい。

 でも、こんな私、嫌いになりますよね?」

「何があっても、ずっと俺は梓の味方だと言っただろ」


 俺の言葉に梓の瞳から、涙がこぼれ始めた。


「梓。よかったね。

 でも、泣いている暇は無いよ」


 姫が言った。

 もう裂土羅隠の出口はそこだった。

 梓が軽く瞳を閉じるような素振りをした瞬間だった。あの禍々しい気が一気に放たれた。 

 向かった先は、裂土羅隠を越えた丹葉の地。

 そして、その先に満ち溢れていた憎悪と敵意に満ちた数多の気は、梓が放った気と共にすぐに消え去った。

 一瞬の内にそこにいる者たちを眠らせたのだろう。


「ありがとう。梓。

 助かったよ」


 姫に先を越されてしまった。


「梓。本当に助かったよ」

「緋村様。それは本当に、本当ですか。

 気味悪くないですか?」

「ない。

 梓ちゃんは変わりなくいつもの可愛い梓ちゃんだ」

「そうだよ。梓。

 これは八犬士の力と同じようなものなんだから」


 姫の言葉に、俺もうんうんと頷いて見せたが、その言葉は俺には衝撃的だった。

 八犬士と似たような力。それは梓の心の負担を軽くしたに違いない。

 梓の口元が少しぎこちなくではあったが、微笑んだのを俺は見た。



 俺たちを乗せた船はやがて裂土羅隠を抜けて、丹葉の地にたどり着いた。

 両岸には梓の術によって眠らされた多くの兵たちが横たわっている。


「さて、梓のおかけで静かになってるし、今の内にその辺の岸につけますか」


 姫の言葉に、舟を岸に近づける。

 俺たちが岸についた頃には、この地の民が遠巻きにして集まり始めていた。


「おい。兵たちはみんなやられたのか?」

「どう言うことだ?」


 地面に横たわる兵たちの姿にざわついている。


「おい。あの船から降りて来た女を見ろ。

 見た事無い服を着ているぞ」

「あれが猿族の民なのか?」

「かつて、妙椿が裂土羅隠を崩して、攻め込んできたと言うではないか。

 兵たちはあの者たちにすでにやられたのではないか?」


 俺たちの姿、いや裂土羅隠を越えてやって来た見慣れぬ服を着た姫を見て、民の中に恐怖心が広がり始めているのだ。


「姫様。そのセーラー服とやらはやはり目立ちすぎるのでは?」

「そうね。

 でも、私は私。人の目は気にしないので」


 あんたは気にしなくても、民が気にするだろ!

 と、怒鳴りたい気分だ。


「お前たちは申世界の者か?」

「ここから出て行け!」


 そう言うと民は俺達を遠巻きにしながら、怒声を上げ始め、手に石を握り始めた。

 ある意味規律の取れた軍より、規律の無い民衆の暴徒の方が危険だ。


「斬り捨てますか?」


 犬江が言った。


「いやいや。民を勝手に斬っちゃったら、まずいでしょ。

 ちょっと雷を私が差す人のいないところに落としてくれないかな」

「承知」


 犬江がそう言い終えた時には、さっきまでの青空が嘘のように真っ黒い雲で覆われ始めた。


 ゴロゴロゴロ。

 空に響き渡る雷鳴。

 民はおののき始めた。


「我は伝説の八犬士を率いる浜路姫じゃ。

 我は神の名の下に森羅万象全てを支配するものなり。

 見よ、あの空を。

 我はいかづちさえ、思いのままじゃ。

 我に従わぬ者は神に背くものとして、この世から消し去るぞ!」


 大声を張り上げ、姫は近くに植わってあった木を指さした。


 ゴロゴロ、バァーン。


 雷鳴を轟かせ、姫が指し示した木に雷が落ち、辺りを目もくらむような閃光が包み込んだ。


 さっきまで、俺達に向けられていた警戒、敵意、憎悪は雷の力の前に霧散し、人々の心の中には畏怖と崇拝が芽生え始めている。

 初めて八犬士の力を目の当たりにした民は、姫の言葉の魔術と相まって、神降臨の瞬間に映っているに違いない。


「よいか。皆の者」


 姫のその言葉に、周囲の者たちはひれ伏してしまった。

 完全に神として崇め始めている。

 ちょっとやり過ぎではないのか?

 と思わずにいられないが、八犬士の力はそれだけの価値のあるものでもある。

 かつて里見義実公が八犬士や八房たちの力を従え、この国を平定した際にもその力は神の力と崇められていたのかも知れない。


「申世界とこの地をつなぐは我の意思じゃ。

 甲斐族、猿族互いに助け合い、この国の繁栄に寄与すべし。

 よいか!」

「ははぁぁ」


 姫の言葉は民の耳に完全に神の言葉として届いていそうだ。


「まさに光の力は神の力なんですね」


 ぽつりと梓が言った。その顔は少し悲し気に見える。


「気にするな。梓ちゃん。

 姫や八犬士の力だって、自分たちに味方する力だと思うからこそ、それを神の力だと崇めたがるんだ。

 もし、あれが敵の力だったら、彼らはあのように崇める事はなく、悪魔の力だと言って忌み嫌うだろう。

 梓ちゃんの力が陰と言うのは、伏姫の論理であって、姫様も言っていたが、俺からすれば梓ちゃんの力も姫や八犬士たちの力も同じだよ」

「本当にですか。

 私の力で人が死んでいてもですか……」

「それは八犬士の力も同じだろ。

 しかも、あの姫、敵には容赦なく斬りかかるくらいだし。

 要は力の使い方じゃないかな」


 そう言って、俺は梓の頭を撫でた。

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