もんすだあぼうる
「わ、わ、私は化け猫なんかじゃないです。
それに、どうしてあなたたちもいるんですか?」
童女はそう言って半べそだ。
「本当にこの子がそうなんですか?」
とてもじゃないが、信じられない。
あんな棒で妖を突き止められるなら、苦労はない。
「犬江さん、殺さない程度に斬っちゃって」
「承知」
姫はとんでもない事を命じた。
もし違うかったら、ごめんなさいではすまない。
しかも、命じられたのは忠犬の中でも、俺から言わせば狂犬の犬江だ。
容赦する訳もない。
シャキッ!
素早く抜刀し、童女にその刃を振り抜いた。
のけぞった童女がほんの紙一重でその刃をかわしたが、腕の皮膚が軽く斬れたらしく、血が一筋の線を描いている。
「わぁぁぁん。
痛いよぅ。
怖いよぅ」
「姫様。
今一度、お待ちを」
「緋村は邪魔者が来たら、排除していって。
佐助は本物の娘さんを連れてきなさい」
俺と佐助にそう命じたかと思うと、姫は泣きじゃくる童女の腕を掴み、部屋から引きずり出して、中庭に放り投げた。
「犬江さん」
「承知!」
再び犬江が襲い掛かった。
さっきは相手が童女と言う事でためらっていたのか、逃げる事を予期していなかったのか知らないが、紙一重でかわされたが、今回は容赦なかった。
童女の腕が宙を舞った。
「お前たち、何をしている!」
騒ぎを聞きつけ集まって来るこの家の従者や家臣たち。
「いや。あれは化け猫が化けているのであって」
罪もない者たちに手傷を負わせるのを避けようと説得を試みたが、聞く耳もたずで襲い掛かって来た。
「何を言っても無駄よ。
そいつらは化け猫に思考回路を毒されているんだから」
廊下は左右につながっている。
左側からやって来る者たちを俺が片付け、右側からやって来る者たちは姫が片付けている。
そして、中庭では犬江が再び童女に襲い掛かっている。全く容赦ない奴だ。
「ふんにゃぁぁぁぁ」
だが、姫たちの言った事が正しかった事が証明された。
童女はついに化け猫に変化した。
「見ろ、あれを。
あれはここの娘ではないだろ」
俺は無駄な犠牲者を抑えようと、みんなに訴えた。が、そこに怪しげな化け猫がいると言うのに、何の反応も示さない。
「緋村。無駄よ」
姫は襲って来る者たちに容赦なく、峰うちを食らわしている。
はっきり言うが、あの姫の打撃を受けて骨が無事だとは思えない。
「姫様。
こちらのお嬢様を連れてきました」
「じゃあ、佐助。
この襲い掛かって来る奴らの始末を頼むね。
それと、その子と梓も守ってあげて」
「私一人でですか?」
「あんた分身の術ができるでしょ」
「あれって、姫様に破られましたよね?」
「そうだけど、同時に何か所も攻撃できるのは確かでしょ。
任したよ」
姫がそう言い終えた時、数多の佐助が現れた。
一人は廊下に溢れるこの家の者を打ち倒し、別の佐助は童女の前で刀を構え、また別の佐助は梓の前で刀を構えている。
そんな頃、犬江は完全に狂犬となって、目の前の化け猫の妹猫をいたぶっていた。
「ひ、ひ、緋村」
廊下でやって来る者たちを迎え撃っている俺の背中に姫が抱き着いて来た。
「な、な、なんですか。
邪魔なんですけど」
「やっぱり、緋村にとって私は邪魔だっんだね。
で、で、でも私だって、緋村に会いたくて出て来た訳じゃないんだからね」
ちらりと視線を向けると、姫は思いっきり涙目だ。
「いえ。姫様。
邪魔と言うのはそう言う意味ではなくて、今は戦っている最中だから」
「緋村は私より戦いの方が好きだって事なの?
だったら、私を守らせてあげるから、しっかり守りなさいよ」
姫はそう言うと俺から離れて、犬王の剣の鞘を手にした。
「犬江さん。
もういいでしょう。
離れてください」
「心得た」
犬江が離れたかと思うと、姫は犬王の剣に残っていた最後の宝石を手で抜き取った。
それ、手で取れたの?
心の中で驚いた。
そして、次の姫の行動に俺はもっと驚いた。
その宝石をぼろぼろになった化け猫の妹猫に向かって、投げつけた。
「亡怪者拐捕だぜ!」
姫の呪文のような言葉に、化け猫の妹猫は白い霧状となり、犬王の剣の鞘についていた宝石の中に消えて行った。
その瞬間、俺達を襲っていたこの家の者たちは一気に崩れ落ちた。
そして、化け猫のいたところには傷ついた猫が一匹横たわっていて、鞘から放れた宝石は再び犬王の剣の鞘に飛んで戻って来た。
「姫様。これはどう言う次第で」
「そ、そ、そうね。
緋村にも教えておいてあげてもいいのかな。
いずれ里見の家に入るかもしれないんだし」
どうやら、まだ元の姫らしい。が、俺は里見の家に入るのか? 確かに姫にあんな事やこんな事をした訳で、責任をとれと言われれば、首を差し出すか、里見の家に入るかになるのだろうが。
「緋村はどうしたいのかな?
聞かせておいてもらおうかな」
「それはですね」
と、俺が答えようとした時だった。
姫が立てた人差し指で俺の唇を抑えた。
「そんな事どうでもいいの。
いやあ、でも笑っちゃったよ。
妖を封じ込める呪文がポ○モンゲットだぜって、あり得ないよ。
捕まえる前からゲットだし。はははは。」
どうやら、最近の姫が戻って来たらしい。この姫は俺には全く興味を持っていないのだ。
そして、相変わらず言っている事は意味不明だ。
「で、あれは一体なんだったんですか」
「あ、あれね。
前にちょっとだけ話したけど、この鞘についている玉は門巣断亜母生篭って言ってね、弱っている妖を閉じ込めるためのものなの。
だから、犬江が一度この玉を割った時に、閉じ込められていた八房の子供の妖が出て来たの。
で、閉じ込めたままのこの玉は選ばれた人だけが、自分の体の中に取り込むことができるの。
それが八犬士たち。
この石を取り込むと、自分の意思でこの中に閉じ込められている妖の力を使う事ができるの。
分かった?」
周りには骨を折られた者たちのうめき声がしていると言うのに、姫は生き生きとした口調でそう言った後、佐助に命じた。
「佐助、あの猫を犬田さんの所に連れて行って、怪我を治してあげて」
さすが猫派の姫である。姫に骨を何本か折られて廊下で呻いているこの家の者たちを治そうと言うところに意識は向いていないらしかった。