壊滅 江華の里
先頭を歩む姫と松姫、そして梓。
その後ろを俺と八犬士たち、そして佐助がついて行く。
今までと何ら変わりない光景。
だと言うのに、何か心の奥がすっきりしない。
俺が望めば、一時期のように梓は俺の腕に纏わりついてきてくれるのだろうか?
なんて事ばかり考えてしまう。
「緋村様。どうされました?」
先ほどから、ちらりちらりと振り返り、俺を見ていた松姫が姫たちから離れて、俺の横にやって来た。
「別になんでもないが」
「そうですかぁ?
何か悩んでおられるようにも見えますが」
松姫の言葉に戸惑っていると、松姫が俺の横に並んで、手をつないできた。
「元気出してください。
私はいつでも緋村様の横にいます」
「あ、ああ」
松姫は掴んだ俺の手を一度緩めたかと思うと、今度は指と指の間に自分の指が入るようにつなぎなおしてきた。
松姫が俺を見つめて、微笑んだ。
松姫の手を振り払う決断ができないまま、俺も松姫に微笑み返す。
そんな俺を梓がふり返って見たが、視線が合うと慌てて正面に向き直った。
以前だったなら、俺の横にやって来て、俺の腕に纏わりついて来たはずなのに、そんな素振りも見せない。
そんなに俺への興味が無くなったのか?
松姫が俺の横で時折何か話しかけてくるが、頭の中で咀嚼できず生返事を繰り返している内に、俺達は江華の里近くまでたどり着いていた。
「何か臭いますね」
犬田が言った。
その臭いは血だ。
八犬士たちが駆け出した。
里の入り口にたどり着いた八犬士たちが呆然と立ち尽くしている。
姫も駆け出した。
「これは」
里の入り口までたどり着いた姫が言ったのが聞こえた。
「私たちが来るのを知った誰かに先手を打たれたって事?
ともかく生存者がいないか調べましょ」
「はっ」
「早速」
姫の言葉に忠犬たちが里の中をかけずり始めている。
「誰かいないか?」
「無事な者はいないか?」
松姫と共に里の入り口にたどり着いた俺もその先に広がる光景を目の当たりにした。
戦場での戦働きが仕事の俺としては動揺はしないが、それでもその凄惨さは戦場以上である。
男はもちろん、老人から女子供に至るまで斬殺されていて、里の地面は真っ赤に染まっている。
そのあまりの凄惨さに松姫が絶句している。
姫は?
と、気にしたのは不要だった。
熊や化け猫を自ら狩ろうとする姫だ。全く衝撃を受けていないかもしれないくらい、八犬士たちと生存者の探索を平然と行っている。
梓は?
梓も立ちすくんでいて、小さな後ろ姿が少し震えているように見える。
「来い!」
松姫の手を掴んだまま、梓の下に駆け寄ると、その手を掴んで引っ張った。
里の中の光景が見えない片隅まで二人を連れて行くと、そこに座らせた。
「二人とも、ここで座って待っているんだ」
そして、俺も生存者の探索に加わろうとした時だった。
「お前たちか、この里の者たちを襲ったのは」
里を取り囲む林の中から、槍や弓を携えた兵たちが姿を現わした。
江華の里は明地の領国の外れにある。この兵たちはきっと明地の兵。
「少しでも動けば、矢を射かける。
各々構えよ」
俺はそう言った将の顔を見知っていた。
明地の家老 溝小茂朝だ。
「姫様。はめられたみたいですね」
里の中で取り囲んでいる相手を眺めまわしている姫に声をかけた。
「そうね。
でも、どうしようかなぁ」
「なにがですか?
大人しく捕まるかどうかって事ですか?」
姫の所に駆け寄ると諸刃の剣の鞘に手をかけて言った。
「緋村、そんな事ある訳ないでしょ。
こいつら斬っちゃえばますます敵の思うつぼなんじゃないかなぁって考えただけ」
「敵って、船虫ですか?」
「そんな訳ないでしょ。
船虫も、そこにいるもの」
姫が溝小の方を差した。確かにその奥に船虫の姿があった。
「そいつらも捨て石って事よ」
姫はそう言い放った。