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梓と佐助

 その光景を目にした時、俺の心は少しざわついた。

 宿泊先の旅籠の中庭は半月の弱々しい光と星々の消えそうな光が手入れされた木々をぼんやりと浮かび上がらせている。

 そして、中庭を取り囲むように配置された部屋をつなぐ廊下に腰かけて、顔を近づけ合う二人の影。


「……」

「……」


 何かささやき合っている。その接近具合から言って、愛のささやき。そんな風にしか受け取れない。

 問題はその影が誰なのかと言う事だ。

 目を凝らして俺の脳裏に浮かぶその二人の名を打ち消すための証拠を探すが、見つける事ができない。

 このまま部屋に戻るか、それともそこに乱入するか、何事も無いかのように話に加わるか。

 いくつかの選択肢が頭の中に浮かぶが、結論を出せない。

 やがて、その影の男の方が立ち上がった。

 なぜだか、俺は反射的に物陰に身を潜めた。

 そして、男の気が無くなったのを見定め、再び廊下を覗いた。

 もう一つの影は廊下に腰かけたまま、夜空を見上げたまま動こうとしない。

 月明りがぼんやりと映し出す少女の横顔。


「美しい」


 そんな俺の心の声が出てきそうだ。

 一人になった今、俺はその少女に近づいて行く。

 近付く人の気配に少女が振り向き、俺に気づいた。


「ひ、緋村様?」

「梓ちゃん。

 こんな夜に何をしているの?

 一人?」

「は、は、はい」


 俺はそれが嘘だと知っている。 

 なぜ、さっきまで佐助と一緒だった事を隠す。

 胸がざわついてしまう。

 しかし、佐助は年下だ。梓は年下の男の子が好きなのか?


「ど、どうして一人で座っているの?」


 俺までどもってしまった。


「ちょ、ちょっと月を」

「ああ。そうなんだ。

 月、きれいだね。

 でも、そんな月を見る梓ちゃんの方がもっときれいだよ」


 そう言って、梓の顎に手をあてがい、俺の顔に近づける。

 梓の唇を俺の唇に近づける。

 あともう少しで重なる。そんな時だった。

 梓が俺の腕をとり、顎から外すと、慌てたように立ち上がった。


「あ、わ、私、も、もう寝ますね」


 そして、そそくさと姫たちの部屋に戻って行った。

 俺との口づけを避け、逃げるようにして去って行った梓の後ろ姿に俺の心の中はざわついてしまう。

 もしかして、梓は佐助に口説かれて、佐助に傾いているのか?


「なんでだぁぁぁ」


 俺は月に向かって、叫んでしまった。

 そんな俺の声に反応を示したのは姫だった。


「うるさいなぁ」


 そう言って、部屋から出て来た姫が、俺の近くにやって来た。


「どうして一人で座っているの?」

「ちょ、ちょっと月を」

「ああ。そうなんだ。

 月、きれいだね」


 なんかさっきの光景と重なる展開じゃないか。

 俺は梓を口説き、口づけしようとして……。

 ああ、どうなってんだぁ。頭の中が再び混乱し始めた。


「で、なに? 梓に迫って、拒否られたの?」


 姫は容赦ない言葉を俺にぶつけて来た。


「姫様。

 何を意味の分からない事をおっしゃっているんですか」


 何事も無かったかのように落ち着いた口調で、姫に返す。

 姫は俺をじっと見つめて、次の言葉を待っている。

 俺にある選択肢は、ここで昔のように再び姫を口説く、何事も無かったかのように静かに立ち去る、本当の事を言う、そんなところだろうか。

 どうしたものかと戸惑っていると、姫が口を開いた。


「月に映し出される緋村って、確かにかっこいいよね」


 そう言いながら、俺の顔をまじまじと見つめている。

 やっぱりここで俺が選ぶべき選択肢は姫を口説くなのか?

 なんて思いつつも、落ち着いて返す。


「何をいまさら」


 そして、姫の反応を待つ。

 姫はどうする?


「佐助!

 なにそこで見てるのよ?」


 予想外だった。佐助の気が一度消えた事は確認していたが、動揺していて再び戻って来ていることに気づいていなかった。


「いやあ。

 姫様と緋村様が珍しくいい雰囲気だなって」


 佐助が中庭に屋根から飛び降りて来た。


「佐助。

 ずっと一人でいたのか?」


 なぜだか、そんな質問を口にしてしまった。


「もちろんですよ」

「ずっとか?」

「はい」


 なぜだ。なぜ佐助まで梓と一緒だった事を隠す。


「なんでだぁぁぁ」

「うるさい!」


 つい、また叫んでしまった俺の頭をそう言いながら、姫が容赦なくぽかっと殴った。

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