三人の姫
伊志田三成。その名を俺は知っている。葉芝秀吉のお気に入りで、武功よりも算術などを得意とした、どちらかと言うと文官としての働きが有名な男だ。
その男がなぜだか、葉芝とは犬猿の仲である芝田の領地まで、俺達を追ってやって来たのだ。
「我が主君、秀吉様より姫様 お三方に贈り物を預かってまいりました」
葉芝は人たらしとして有名だ。
話術もそうだが、この前見たように民にも威張らない人柄、単独での奇襲のような訪問、そして恩賞だ。
とは言え、相手が姫では送るものがない。そこで、女ごころをくすぐろうと言うことなんだろう。伊志田が手にしている小さな桐の箱の中は簪に違いない。
しかもだ。姫だけにではなく、松姫はもちろん、梓にまで用意しているところなど、葉芝らしいところだ。
「なんでしょうか?」
そう言う姫の手に桐の箱を頭を下げながら、差し出すと、伊志田はそのまま松姫にも頭を下げながら差し出し、ついには梓にも頭を下げながら差し出した。
梓と伊志田なら、本来は頭を下げる相手ではないが、葉芝の家臣らしい振る舞いとしか言いようがない。
「簪ですか?
私も貰っていいのですか?」
梓の言葉に伊志田はにこりと微笑みながら、梓に近寄った。
「もちろんです」
そう言いながら、蓋の開けられた桐の箱に手を入れて、もぞもぞとしたかと思うと、簪を取り出し、梓の髪に刺した。
「とてもよくお似合いです」
そう言われた事に梓は照れたのか、焦り気味に桐の箱を閉じて、懐にしまった。
目線はどこか定まっていない。
「梓。とても似合っているよ」
「は、は、はい」
戸惑っている感があるのは、簪、しかもきめ細かな金銀細工と宝石をちりばめた高価な簪を送られ、似合っていると言われたからかも知れない。
「緋村様!
私はどうなんでしょうか?」
「松姫様も、当然お似合いです」
「ひ、ひ、緋村。
私はどうなのかな?」
「えっ?
それは姫様もお似合いに決まっています」
「別にそんな言葉言って欲しくて、この姿を見せてるんじゃないんだからねっ!」
なぜ、ここで元の姫が出て来た。と、思いながらもそこには触れないでおく。
「お喜びいただけたようで、なによりです。
戻りましたら、我が主 秀吉にもその旨報告させていただきます。
今後も我ら葉芝はいかなる場合でも、お力添えさせていただきまする。
では、浜路姫様、松姫様、梓姫様、これにて失礼いたします」
伊志田は梓がただの民である事を知らないのか、知っていてもそう言っているのか知らないが、梓の事を姫と呼んだ。
これはそう呼ばれて、有頂天になる者もいるかも知れないが、逆効果の場合もある。
特に梓のような性格の者には逆効果な気がする。そして、それが正しかった事を示すかのように梓が俯き加減で、少し体を小さく震わせている。
「伊志田さん。
本当にこれを渡すためだけに来られたんですか?
何か話とかは無いのですか?」
最近の姫が戻って来たらしい。姫が今にも戻ろうとしていた伊志田に言った。
「はい。
先日、お会いできた事のお礼として、我が主 秀吉が何かを送りたいとの事でしたので」
「そうですか。
ありがとうございました。
ところで、伊志田さんは梓姫の事をご存じだったんですか?」
姫は嫌味を言いたいのかも知れないが、梓の前では止めてもらいたいところだ。
実際、その言葉に梓はびくっとしたのを俺は感じた。
「いえ。
我が主が、浜路姫様、松姫様、梓姫様に贈り物をするようにと私に命じましたもので」
また、梓がびくっと反応した。
姫でもない梓が人前で、しかも普通の民では言葉を交わす事も許されないような立場の者から、姫様と呼ばれるのは精神的に大きな負担だと言う事は理解できる。
「そうですか。
本日は遠路はるばるありがとうございました」
姫はそう言うと伊志田に頭を下げた。