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前門の虎後門の狼

  前門の狸後門の美女だったなら、間違いなく後門の美女を選ぶ。

  が、今、目の前にいるのはどちらも妖だ。

  前門の狸を選べば体が熔解、後門の美女を選べば骨と皮だけになって干からびる。

  究極の選択。

  だが、人間はあきらめが悪い。

  勝てない相手とわかっていても、足掻かずにいられない。


「一斉に襲い掛かるぞ」


 男たちの中から声がした。


「おぅ」


 混乱していた男たちだったが、再び戦いの体勢に入った。

 弓を構える者、手裏剣を構える者、刀を構える者。

 各々の獲物を液体の堀で囲まれた内側の敵、つまり妖しい美しさを放つ女に向けた。


「かかれぇ!」


 多くの矢が女を襲う。

 手裏剣が次々と女を襲う。

 が、その結果は俺の予想通りだった。

 虚しく実体のない女の体を突き抜けて行く。

 続いて刀を構えた男たちが襲い掛かる。

 その姿を見た女が嬉しそうに微笑む。

 女の実体のない体に触れた瞬間、男たちは骨と皮になり果てる。


「ああ、いい。いい。

 もっと、もっと欲しい」


 女が次々と男を貪って行き、俺を除き全ての男はいなくなった。


「ああ。まだ足りぬ」


 女はそう言い、俺に目を向けた。


「こいつは極上ものだ」


 じゅるりと舌なめずりし、俺に近づいて来た。


「さあ、我が力となれ」


 そう女が言い、俺に手を伸ばそうとした時だった。


「消えてぇぇぇぇぇ!」


 梓の声が響いた。


「くっ!」


 女の顔が苦痛にゆがんだ。

 その次の瞬間、女の姿も禍々しい気も消え去った。

 本当に妖が消えた事を確認するため、細心の注意を払いながら、辺りを見渡す。

 女の姿はどこにもない。

 狸の妖の姿もない。

 境内を埋め尽くすのは、干からびたかつては男たちだったものの変わり果てた姿。

 皮膚と肉を溶かされ、骨だけとなった多くの白骨。

 そして、本堂の廊下に目を向けた。

 そこには船虫の姿も松姫を人質にとっていた男の姿もなく、ただ梓と松姫がへたり込み、泣きながら抱き合っていた。


「梓、松姫。

 無事か?」


 廊下に続く階段を駆け上がった。


「船虫は?」


 泣きじゃくっている二人から答えを得る事はできそうにない。

 辺りを確認するが、船虫らしき者の姿は見えなかった。





「と言うのが全てです。 

 俺を呼び出し襲っておきながら、忍びたちを逆に襲った事から言って、船虫は何らか理由で俺達を利用して、あの忍びたちを葬りたかったんじゃないでしょうか」


 事件の後、姫だけへの報告をそう俺は締めくくった。


「その美しい女は緋村まで襲おうとしたって事ね」

「いや、大事なのはそこじゃないでしょ。

 船虫の正体と、船虫が忍びたちを襲った理由とかじゃないですか?」

「緋村。分かってないようだから、少しだけ教えてあげるわ。

 八房の子供の妖、見たでしょ。

 犬江さんを一度取り込んだ訳だけど、結局は犬江さんに取り込まれた。

 その後は犬江さんに取り込まれる前のように、私に襲い掛かって来ないでしょ。

 他の八犬士たちの力も同じ八房の子供の妖の力なんだけど、私に襲い掛かって来ない。

 つまり、それは妖の力を取り込んだ人の意思でその力を制御できているって事なの」

「姫様が言いたいのは、あの妖たちは制御できていないと?

 でも、忍びたちを全滅させましたよ。

 船虫がちゃんと制御しているんじゃないんですか?」

「うーん。

 しかし、美女だけでなく、狸も出て来たのかぁ」

「俺の話、聞いてます?

 あ、でも、狸、狸ですよ。

 その姿が裸婦照にあった置物。姫様が信楽焼の狸と言っていたものにそっくりでした。

 信楽焼とは何なんですか?」

「信楽焼にはこだわらなくていいよ。

 スカーレットも終ったし」

「裸婦照で梓が狸に怯えていましたよね。

 信楽焼はともかく、狸はなんなんですか?」

「妙椿の本当の姿は狸なの」

「えっ?

 梓は妙椿の姿を知ってたんですね。

 そして、今までの人を熔解して殺していたのは妙椿。

 その妙椿の仮の姿が船虫。

 だとして、あの女の妖は?」

「船虫が本当に妙椿だったら、忍びとかの力を借りる必要あると思う?」

「いや、だから、俺達を利用して江華の里の者たちを滅ぼしたかったんじゃないですか?」

「妙椿なら自分でやれると思うんだよね」

「では、船虫は妙椿ではないと?

 俺は確かに妙椿から発せられるあの禍々しい気を感じたんですから」

「それ、本当に船虫からだった?」

「えっ?」


 一瞬、俺の脳裏に別の答えが浮かび上がりそうになったが、そんな事はあり得ないと頭をふるふると振って、その考えを頭の中から放り出した。

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