痣
少年は姫の前で平伏した。
「姫様。ご無礼の段、お許しくださいませ。私、犬江親兵衛、これより姫様の手足となり、働かせていただきます」
姫はしゃがみこみ、犬江の手を取った。
「頭を上げて。
あなた、八犬士の力を使わなくても、すごい剣の腕ね」
「ありがとうございます」
「頼りにしています。
ところで、あなたの特別な力って何かな?
もしかして、雷?」
「はい。
私は雷を操る事ができます」
「ほぉぉぉ。これまた最強ね」
「はい」
若さゆえの傲慢か、犬江と名乗った少年は姫の最強ねと言う言葉をそのまま自分で認めた。
「ところで、今のを見て、ちょっと思った事があるんだけど」
姫は犬江を立ち上がらせると、八犬士たちに目を向け、そう言った。
「もしかして、あなたたち、体のどこかに痣がない?
八犬士の力に目覚める前には無かったのに、目覚めた後にできた痣」
どう話がつながり、痣の話になるのか俺には分からないが、姫の思考の中では何かあるのだろう。
「牡丹の形をした痣ができました」
「私にもございます」
「それがしにも」
忠犬たちが、我先にと姫の言葉を肯定している。
「姫様、どう言う事ですか?」
姫にたずねた。
「この鞘についている玉の正体に気づいたって事」
「いや、それって元々八犬士たちを目覚めさせるためのものでしょ?」
「まあ、結果としてはそんな風に見えるんだけどね」
姫は言いたくないらしいが、気になって仕方ない。
「ところで佐助。
私たちを襲ったのは忍びだよね?
あれはどこの忍び?」
「江華の里の忍びですね」
「今度はきっぱりと言い切ったわね。
制服が違うとかでもないのに」
「イミフですが、江華なものは江華です。
そもそも明地は江華とつながりが深いですし」
「で、あんたたち、その江華討伐に私たちを利用したんじゃないよね?」
「姫様、そのような事はございませぬ」
佐助ではなく、お金が答えた。
「まあいいや。
それより、小屋の中にいる女の子たちを早く助けましょ」
「分かりました」
「承知」
「では、早速」
姫の言葉に真っ先に犬江が応え、忠犬たちが行動に移った。
「あ、佐助。ちょっと」
姫が佐助を呼び止めた。
俺もそのまま呼ばれるのではないかと一瞬足を止めたが、そうではなかった。
俺が再び小屋に向かおうとした時、姫の話が聞こえた。
「あなた、人のまねできる?
そうねぇ、例えば、金さんの声で”ご隠居様”とか」
「ご隠居様」
「上手じゃない。
じゃあ、緋村の声で”姫様”とか」
「姫様」
「なるほど。本当に上手ね。すごいわ。
これは難しいから無理かな。
私の母上の声で”浜路よ”」
「浜路よ」
「あちゃー、そんなにうまいんだ。
じゃあ、私の声もまねできるの?
“ところで佐助”」
「ところで佐助」
「おおー。佐助って本当にいろいろのできるのね。
本当に役立つわぁ」
姫が何をしたいのか分かっていなかったが、今俺は分かった。
ただ、分からないのはそんな佐助を何ともしようとしない姫の考えだった。