爆殺のわな
閉じられた扉の一番近くにいた梓が、扉を開けようとした。
「だめです。
外から、鍵が掛けられているみたいです」
「梓ちゃん。代わって」
犬飼が言ったが、やはり扉はビクとも動かず、姫を見て、首を横に振ってみせた。
「姫様。火薬のにおいが」
犬山が叫んだ。
「黄門様、爆殺のパターンかぁ」
こんな時にも姫が意味不明な事を言った。
が、続けて姫は指示も出した。
「犬飼さん、この周辺に今の光景のままの幻を。
犬塚さん、この小屋近くだけに大雨を。
犬川さん、そこの窓だったところの壁を百裂槍でぶち破って。
たぶん、そこの壁なら大穴開けても小屋は崩れないはず。
他の人たちは、壁に空いた穴から外に出て、爆薬への導火線が消えたかどうか確かめて」
「心得ました」
「御意」
忠犬たちが動き始めた。
屋根には大粒の雨が激しくぶち当たる音が響きはじめた。
「アータタタタタタタタタッ」
犬川の百裂槍が小屋の壁に向けて、さく裂した。
飛び散る木片。
すぐに大雨が降り注ぐ外の光景が出現した。
「行くぞ」
そう声をかけ、外に飛び出した犬田に続いて外に出る。
降り注ぐ土砂降りの雨、小屋の周囲を探る。
さっきは無警戒だったが、小屋の周囲の何か所かに不自然に薪が積まれている。
導火線がそこから延びているところから言って、その中に火薬が。
「薪の中に火薬が」
俺が叫んだ。
それに呼応して、八犬士たちが小屋の周りに配された薪につながる導火線を調べて回った。
「姫様。全て消えております」
犬村が姫に報告した瞬間、降り注いでいた雨が止んだ。
「犬飼さん。この小屋を爆発させて」
「承知」
姫が指示を出した。俺達には見えないが、きっとどこかに潜んでこの小屋を見ている者たちには、小屋が大爆発する光景を見たに違いない。
その辺の夜盗たちなら、きっと喊声を上げていたりするだろうが、大げさな反応も示さず、しずしずと林の中から大勢の男たちが姿を現わした。
細心の注意を払って、気配を探らなければ分からないほど、見事なまでに気配を消している。
姫たちを背後に回し、俺も八犬士たちと並び立ち、姫の指示を待つ。
「皆の者、ご苦労」
男たちの背後から現れたのは、船虫だった。
「あー、女って執念深いねぇ。
あいつの目的はなんなんだろうかねぇ」
そう言ったのは姫だ。
「いや、そりゃあ、妙椿だったとしたら、里見家を滅ぼす事でしょう」
「まあ、ともかく、この術解きますか」
「承知」
姫の言葉に犬飼が答えた時だった。
「ぐあぁぁ」
「ぎゃぁ」
男たちの片隅から、悲鳴が立て続けに起きた。
「お前ら、悪党だろ」
「こいつを斬れ」
「うぉぉぉ」
何者かが男たちと戦いを演じているらしい。
ヒュン、ヒュン。
前面の男たちに気を取られていた俺の耳に意外な方向から、矢が空を切る音が届いた。
上に目を向け、矢の軌跡を掴む。矢の狙いは姫たちだ。
矢を落とすため、一斬りの技を放とうとした時、聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。
「危ない!」
姫たちに視線を向けると、どこから現れたのか、お金が覆いかぶさるようにして姫たちを守っていた。
「殲滅戦よ!」
姫の声がした。
確か初めて熊を斬った時、血を浴びて大騒ぎしてビビっていた姫が化け猫を自ら狩ると言ってみたり、今では殲滅などと、とんでもない事を言うようになった。
どれだけの血の雨が降ると思っているのか。
真っ先駆けて、敵に挑みかかったのは佐助だ。
そして、当然忠犬たちもそのとんでもない言葉に異を唱えず、獰猛な猟犬となって敵に襲い掛かった。
何者かの襲撃で混乱し始めていた敵たちは爆破したはずの小屋が無事な事と、爆殺したはずの八犬士たちが襲い掛かって来ている事でさらに混乱し始めた。
俺も諸刃の剣を引き抜き、味方のいないところに向けて、一斬りの技を放つ。
一度に何人もの敵が体を引き裂かれ、あの世に旅立つ。
犬川が百裂槍を繰り出している。
「アータタタタタタタタタ!」
多くの兵が瞬殺される。
最悪なのは犬山の術で、焼き殺しに遭う敵たちだ。
犬山の指先から放たれる炎が敵を焼き尽くす。
皮膚が焼かれ全身を痛みが襲う中、肺も焼かれて息ができなくなる。だと言うのに、最後まで脳が元気なため、苦痛に苛まれてのたうつようにしてやっと死を迎える。
「火拳の○ースと言うより、巨○兵が王○に放つプロト○ビームみたいだねぇ。
しかし、酷い戦いになっちゃったねぇ」
背後で姫の言葉が聞こえた。全く、意味不明だし、その酷い戦いを命じたのは姫自身ではないか。
数が多かった分、殲滅にそれなりの時間を要したが、当然のごとく、俺達は無傷だった。
そして、もう一人無傷なものがいた。
それは見知らぬ少年だった。
きっと、こいつが敵を最初に襲った奴に違いなかった。