ポツンと一軒家
開けた場所に出て来た。ただただ広い草原。そんな感じで、平穏な時代には農地だったのかも知れない。これだけの土地を放置しておくのはもったいない事だ。
「なんか、小屋があるんだけど」
姫が言った。
確かに視界の左奥の林の前にポツンと一軒家状態で小屋がある。
「なんでしょうかね」
俺が答えた。民家にしては、こんな場所にある理由が分からないし、ちょっと広すぎる。
軍のものにしては、不用心すぎる。
何かを備蓄する小屋にしても、ここにある理由が分からない。
「行って、なんでここにいるのかとか話を聞いてみる?」
「いや、その必要ないでしょ」
「ぶぅ」
口先を尖らせ、不満を訴える姫の顔に、一瞬不覚にもかわいいと思ってしまった。
この姫は私の知っている姫ではない。
頭の中から、姫の姿をふるい落とし、梓の微笑みを思い出す。
かわいい。梓の方がかわいいじゃないか。
と、一人で納得する。
「八犬士の気配、かなり近くなってきましたですね」
犬飼が姫に言った。
「そうね。
距離感から言って、あの小屋ではなさそうだし。
これだけ見晴らしがいいのに、姿が見えないって事はあの先の森を越えたあたりかなぁ?」
姫がこの先に見える森を差して言った。
「じゃあ、なおさら、あの小屋は素通りですね」
俺が姫に言った。
姫は何も答えなかったが、小屋に足を向けることなく、まっすぐ進んでいる事から言って、諦めたのは確かだったのだが、事件が起きた。
小屋の中から、一人の女性が飛び出して来たのだ。
そして、それを追うように男たちが現れた。
見晴らしのいい場所だけに、その女性は近くに俺たちがいる事に気づいた。
「助けてください」
「緋村!」
姫が俺を指名した。
やはり、ここ一番に頼りにされているからだろう。
「はっ!」
そう返すと、その女性の下に駆け寄った。
「た、た、助けてください」
女性を背後に回すと、男たちの前に立ちはだかった。
「お前は何者だ。
その女を渡せ!」
男たちは強気だが、手に獲物は持っていない。
まあ、持っていたとしても、俺の敵はでない事は確かなのだが。
「お前たちこそ、何者だ。
この人に何の用だ」
「関係の無い事に首を突っ込むな!」
「悪いが、お前たちにこの人は渡せない」
そう言って、諸刃の剣を引き抜くと、男たちは数歩後ずさりした後、反転し逃げ出して行った。
「大丈夫だった?」
すでに姫たちが来ていたようで、背後から姫の声がした。
「は、は、はい」
「あいつらは何なの?」
「この辺りで暴れまわっている兵崩れの夜盗たちです」
「なるほどね。
その夜盗たちも、掃討しておきますか」
姫は厄介な事に首を突っ込みたがる。
「でも、その前に、あの小屋の中には多くの女の子が捕まえられているんです」
「分かった。
梓、松さんはここにいて」
そう言い残して姫が小屋に向けて駆け出すと、忠犬たちもそれに従った。
当然、俺も後を追う。
小屋の扉を犬塚が開けると、中からさっき逃げた男たちが斬りかかって来た。
中には十人ほどの男がいたようで、次々に飛び出して、俺達に襲い掛かる。
そして、可愛そうなことに瞬殺だ。
姫が目を閉じた。
気配を探っているのだろう。
「もう、敵はいないみたい。
行くよ」
そう言うと、小屋の中に入って行った。
部屋の中は本来窓だったと思われるところにも、板が打ち付けられていて外部と完全に遮断された薄暗い空間だった。
そして、床に手足を縄で縛られた女性たちが何十人と座らされていた。
「う、う、うぅぅぅ」
猿轡をはめられていて、何を言っているのかは分からないが、必死の形相から言って、助けを求めているのは確かだ。
「みんなで縄をほどくよ」
姫はそう言うと外で待たせていた梓と松姫も呼び寄せた。
足まで縛られていては、逃がすには縄をほどくしかない。
一気に終わらせるため、人海戦術をとったのだ。
きつく縛られた縄をほどくのは容易ではなかった。
八犬士たちは刀を取り出し、女性たちの足に気遣いながら、縄を切り始めた。
俺もと思い、諸刃の剣の柄に手をかけたところで、手が止まった。
「緋村には、できないね」
姫が俺ににんまりとした顔つきで言った。
「俺は刀で切るのと同じくらいの速さで解きますよ」
とは言ったものの、実際は刀で縄を切るのは一瞬だが、解くのであればそれなりの時間がかかる。
すらりとした若い女性の足を長い時間見る事ができるだけでなく、不自然な形ではなく触る事だってだきるのだ。それほど悪い事ではない。
なんてことを思いながら、目の前の女性の足を触って、いや足の縄をほどいていた時、突然、扉が閉じられ、辺りは真っ暗な空間になってしまった。